お盆の墓参りで蚊に刺された方もおられるだろう。周知のように、動物を刺し、吸血する蚊は、メスだけだ。オスは、草の汁を吸って、人には知られずひっそりと生涯を送る。
メスは卵を産むために高栄養の血液が必要、ならばオスは?
先日、吸血昆虫の代表で夏の厄介者の蚊のことを日記に書いた(16年8月3日付日記:「厄介だけど……ダーウィン進化論で説明できる人を刺す蚊の存在意義、撲滅の試みもはたして」)。
なぜメスだけが、吸血するように進化したのか。メスが吸血するのは、卵を作るために高栄養・高蛋白の食物が必要だからだ。小さな昆虫の蚊にとって、高栄養・高蛋白の食物は動物の血液が最も手っ取り早い。
ならば、なぜオスも血を吸わないのか。オスだって精子は作る。しかし卵子と精子とでは、産生コストが大きく違うのだ。
次世代のためのメスの投資はオスよりはるかに大きい
ところで、生物学的にオスとメスの違いをご存じだろうか。卵子を産生する方がメスで、精子を産生するのがオスである。それならば、卵子と精子の違いは?
配偶子のうち大きい方が卵子、小さい方を精子と呼ぶ。それだけの違いなのだが、卵子を作るメスの投資は大きい。
卵子が大きいのは、哺乳類以外の脊椎動物では孵化(誕生)以後に幼体に栄養を持たせているからだ。
日常に食べる鶏卵を思い浮かべていただきたい。僕たちは未受精卵を食べているけれども、黄身こそがその栄養で、俗に「め」と呼ぶ卵子本体に比べれてみれば、黄身の大きさは際立つ。
母鳥の4分の1もある巨大な卵を産むキーウィ
ちなみにニュージーランドの国鳥で飛べない鳥のキーウィ(写真)は、もっと巨大な黄身を持つ卵を産む。卵は母鳥の4分の1もある。全鳥類の中で最大の比率である。
メスの投資がいかに大きいか、分かるだろう。だから卵子の生産量は、精子よりはるかに少ない。
そのため、オスの精子に比べれば、卵子ははるかに高コストなのだ。そのため精子に比べて、メスの作る卵子の数ははるかに少ない。鳥類と違って卵に黄身の栄養を持たせない哺乳類だって、胎盤の中でずっと胎児に栄養を補給し続け、出産したら母乳を与える。
だからヒトの場合、新生児の女児が早くも持っている卵子の芽はたった1万個程度に限られる。それに対して成熟した男性が作れる精子は無限である。
2億数千万年前のペルム紀には吸血を開始か
さて、蚊に戻る。最古の蚊の化石は、中生代ジュラ紀の層から出ている。映画『ジュラシック・パーク』琥珀(元は樹液である)に閉じ込められた蚊の体内に残った血液から恐竜のDNAを抽出して恐竜を復元するのがテーマだが、実際、この頃には恐竜などの吸血を行っていたのだろう(写真=琥珀の中に閉じ込められた蚊)。
それ以前については不明だが、今のハエの遠い祖先と分岐した時は、まだ吸血していなかったと思われる。2億数千万年前のペルム紀には、陸上で爬虫類・単弓類などが繁栄しているから、たぶんこの頃には「豊富な栄養源」である血液を吸うようになったのだろう。
吸血を始めた個体の産む卵の優位性が吸血を進化させた
その様子も、僕の想像だが、最初は植物樹液だけを吸っていた蚊の祖先のメスがたまたま脊椎動物の体表から、植物樹液と思って血液を吸い、それによって産卵数が増え、また卵の孵化率も上がったのではないか。
すると動物から吸血しないメスの蚊の子孫より、吸血する子孫の生存率が上がるから、ダーウィンの自然淘汰論に従い、蚊のメスは吸血を生存戦略とするようになっただろう。
それならオスは、なぜそのまま植物樹液の吸収だけに留まったのか。それは、豊富な栄養源の血液を吸うのは、ある程度のリスクがあることと関連するのではないか。
オスはリスク回避に吸血をしなかった
リスクとは、動物の尻尾を振られたり体を木へすりつけられたりして、潰されるということだ。次世代を残さなければならないメスには、吸血はリスクを上回るメリットがあったが、精子をメスに渡すだけのオスにはリスクだけである。
したがってオスは吸血にまでいたらなかった、と考えられるのだ。
もしオスまで吸血するようになっていたら、僕たちの進化の歴史も変わっていたかもしれない。アフリカのサバンナに進出したホモ・エレクトスは、その頃、体毛を失っていた。蚊には日常的に悩まされていたはずだ。オスまで吸血していたら、敵は単純に倍増するから、人口を大幅に減らし、進化はそこで停滞していたかもしれない。
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