曲がりなりにも尊重されていた香港の一国二制度は、空文化の危機にある。
 民主的な司法・行政制度下にある香港から、共産党一党独裁で司法は党の直接指導下に置かれたスターリニスト中国に、香港市民が勝手に拉致され、肉親や弁護士など外部への連絡も禁止されて長期間拘束され、ある日、突然、テレビカメラの前に引きずり出されて、取り調べ当局の用意したメモに沿ったペテンを証言させられる――共産党に批判的な書籍などを販売していた香港の書店「銅鑼湾書店」(写真)関係者6人が置かれた地獄である。


銅鑼湾書店


拉致・拘束された6人は次々にテレビカメラの前に引き出されて「自白」
 6人が、タイや中国、さらに香港で、相次いで「失踪」したのが、昨年の10月から12月だった。6人は、銅鑼湾書店の株主や社長、店長、職員だったため、中国共産党による一国二制度を踏みにじる「共産党的」処置とみなされていた(16年1月11日付日記:「香港のスターリニスト中国批判書籍を出版・販売する書店関係者5人が、中国に拉致か」参照)。
 それが香港他、世界で問題化されると、スターリニストどもは今年1月から2月に、拘束を認めた上で、被拘束者をスターリニスト中国の国営テレビ局や香港の親共産党テレビに出演させ、過去の交通事故を悔いて自首したとか、違法営業をしていた、などと述べさせられた。そして自由意志で自ら中国に来た、とも語った。
 こうした「供述」が脅迫と暴力によって強いられた虚偽の自白であり、すべてが猿芝居であることは、スターリニストどもがかつて一貫して行ってきたことである。


モスクワ裁判と「南労党裁判」という既視感
 1936年~1938年、スターリン支配下のソ連で、スターリンのかつてのライバルで、党最高幹部でもあったジノーヴィエフ、カーメネフ、ラデック、ブハーリン、ルイコフらが、3次にわたった見世物裁判である「モスクワ裁判」で、自分が帝国主義者のスパイだった、彼らに雇われたテロリストだった、と「自白」させられた(写真=第2次モスクワ裁判)。


第2次モスクワ裁判

 無謀な韓国戦争(いわゆる朝鮮戦争)を仕掛けて韓国を武力併合しようとした金日成は、休戦後、自己の失敗を糊塗し、労働党内のヘゲモニーを確立すべく、1953年から1955年、かつての「南朝鮮労働党」の最高幹部・朴憲永、李承燁ら13人を、やはりアメリカのスパイ、政府転覆の謀議などをでっち上げて逮捕、「裁判」で金日成の望むとおりの「供述」をさせて11人を死刑に処した。むろんこれは、大親玉だったスターリンを真似た猿芝居だった。


主権の及ばない香港市民対するでっち上げ尋問
 これら2件とよく似た見世物裁判は、戦後にソ連赤軍が侵攻し、武力で支配下に置いた東欧何カ国でも実施された。
 共通することは、かつては現指導者と並ぶ大物で、筋金入りの共産主義者だった古参党員でも、劣悪な独房に長期に拘束され、眠る時間も与えられずに、連日、長時間、暴力を伴った尋問を行われ、家族や親類縁者に危害を加えると恫喝されれば、そのうち必ず尋問者に迎合する供述をする、ということだ。
 今回の香港の事例は、これらと比べ規模は小さいものの、自国の統治権の及ばない香港市民に対してなされたことで、スターリンや金日成らの見世物裁判より悪質である。


香港に帰郷した店長の林栄貴氏だけが真相を暴露
 いくら恫喝しても、6人すべてを従わせることはできない。
 1度はテレビでスターリニスト中国の言い分どおりの供述を行った同書店店長の林栄貴氏は、スターリニストの要求どおり、同書店の中国国内の顧客リストを持ち帰ることを条件に釈放され、2人の監視役とともに6月14日に香港に帰郷した。隙を見て、民主派議員と連絡し、記者会見を開いたことで、一転、ペテンとスターリニストの犯罪が明らかになった。
 香港帰着後の記者会見(写真)で、林氏は友人に会うために訪れた大陸で理由も明示されずに不法拘束され、24時間監視された軟禁状態の下で香港の親中的テレビ局のやらせ番組に自供させられた、と暴露したのだ。


記者会見する林栄貴氏

 林氏よりわずかに早く香港に戻った3人は、家族に累が及ぶことを恐れ、沈黙している。


司法権限の及ばない「外国」でスターリニスト権限を執行の無法
 さらに中国の顧客リストのHDDを持ち帰るため、香港の同書店倉庫から行方不明になり、その後、スターリニスト中国で取り調べを受けていることが明らかになった株主の李波氏と接触した時、李波氏から香港から拉致されたことを告げられた、とも証言した。この会見で、林氏はスターリニスト中国には戻らないことも明言した。
 すなわち司法権限のない、いわば「外国」で、スターリニスト捜査官が香港市民に中国的司法対処を行ったことになる。いわば、この時点で一国二制度は明らかに踏みにじられた。
 危機感にかられた香港の民主派、本土派の市民は、6月18日に香港の言論の自由の確保を求める大規模抗議デモを行った(写真)。林氏も、このデモに参加した。


6月18日の香港のデモ


香港民主主義への威嚇の効果
 スターリニスト中国の公安当局は、こうした中、「経時的な強制措置」を表明し、彼らが一国二制度を公然と無視し、香港に越境してくるのか、一段と不安が高まった。
 だが香港政府は6日、林氏の引き渡しを求める中国の公安当局の要求に応じない方針を示した。再び雨傘革命のような事態が起こることを恐れたためだが、実はこのような一連の出来事からも、香港の一国二制度、高度な法治主義、自由と民主主義は、崩壊の瀬戸際にあることは明らかだ。
 もし気に入らない人物がいたら、スターリニスト中国は、いつでも大陸に拉致し、痛めつけ、共産党のテレビで虚偽を言わされる恐れがはっきりしたからだ。
 本土派の決意が問われる日も近いかもしれない。
 スターリニストの体質は、南シナ海への帝国主義的膨張とその不法を非難された仲裁裁判所への反感と同根である。


昨年の今日の日記:休載