先月のイギリスのEU離脱決定からの世界各国の金融市場混乱は、このところ小康状態を取り戻した。アメリカのニューヨーク株式市場は、連日の上場来高値を更新している。

安倍首相、「ヘリコプター・ベン」と会談
 日本だけは出遅れが著しいが、それでも東京株式市場はEU離脱前の水準に戻った。為替も、一時1ドル=106円台と円安方向に触れている。一部に久しく東京市場をお見限りであった外国人投資家も戻っているという。
 にわかに東京市場を活気づかせているのは、ヘリコプター・マネー論の実現の可能性である。政府・日銀があるいは「禁じ手」に近いヘリコプター・マネーに踏み切るのではないか、という思惑だ。憶測が広がったのは、12日、「ヘリコプター・ベン」ことベン・バーナンキ・前FRB議長(写真)と安倍首相が会談したことだ。


バーナンキ氏

 では、そのヘリコプター・マネー論とは――。

ミルトン・フリードマンの比喩に由来
 かつては空想・夢物語とされたヘリコプター・マネー論だが、最近、一部のエコノミストの間で大真面目に検討されるようになっている。
 むろんまだ政策当局は一笑に付しているが、ヘリコプター・マネー論を提唱するイギリスの金融サービス機構元会長のアブア・ターナー氏などは、「日本は5年以内にヘリコプター・マネー政策導入を余儀なくされる」、と予言している。
 ヘリコプター・マネー(ヘリマネ)論――元はヘリコプターから現金をばら撒き、需要を喚起するというミルトン・フリードマンの比喩に由来するが(バーナンキ氏もかつて「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけばよい」と発言したことがある。だから時として「ヘリコプター・ベン」と呼ばれる)、現代のヘリマネ論は、もう少し洗練されている。

無利子永久債を発行し、借金を償却
 ターナー氏のプランは、政府の借金として積み上がった発行済み国債を中央銀行である日銀が買い(これで民間に資金供給される)、その保有国債を利子ゼロの永久債に振り替え、事実上、償却してしまうというものだ。
 つまり政府は、国債償還という形での借金返済をしなくて良い。マイナス金利下の現在にだけ通用するかもしれない経済政策だ。
 昨年末現在、日銀は発行済み国債の32.0%に相当する331兆円もの国債を保有している。むろん保有者別割合では、銀行や生保などを引き離し、ダントツの首位である。しかも今後も年間で80兆円のペースで国債買い入れを継続する予定だ。今年末には400兆円を突破する。

悪性インフレの恐れ
 これを無利子の永久債に振り返れば(無利子というのは記憶にないが、永久債はヨーロッパで過去に何度も発行された。例えばつい最近発行されたアイスランドの100年債も永久債に近い=5月26日付日記:「ついに出た! 100年満期国債、ただしアイルランドとベルギーの話:100年後に今の国家があるのか」を参照)。
 ただこれには、大きな弊害が伴う。つまり政府の財政規律の歯止めがなくなり、いくらでも紙幣を刷ることが可能になる。そうなれば、通貨の信認が毀損され、悪性インフレにつながる恐れもある。

現状はヘリマネ論に限りなく近いが
 ただし現状の日銀による年間80兆円の国債買い入れは、ヘリマネ論にかなり近づいている。
 最大の長所は、政府がいずれ増税などで、民間から赤字国債償還資金を回収する、という懸念がなくなることだ。この懸念、すなわち「いずれは増税」という懸念が、庶民の財布の紐を締め、消費が盛り上がらない最大の原因になっている。
 国債を返さなくてもよいということになれば、庶民のその懸念は払拭できる。
 しかしそれで借金を帳消しにして、また派手なバラマキをやられるのは、困る。僕がバラマキを嫌うのは、貧者・弱者救済の美名のもとで大衆迎合のポピュリズムをはびこらせ、額に汗を流して努力した者を逆に否定し、限りないモラルハザードをもたらしかねないからだ。
 ターナー氏の言うようなマジックのような芸当が本当に可能なのか、それは分からない。

昨年の今日の日記:休載