ゴンダール城の上空でハゲワシを見て(写真)、「あの」衝撃的写真を思い出した。


上空を飛翔するハゲワシ

 エチオピアの隣国の内戦下のスーダンで、戦火からの流亡の果て、飢餓のあまり今まさに力尽きようとしてる骨と皮だけの難民の少女を傍らでじっとハゲワシが待つ写真である。頭が白いので、これはヒゲワシであろう(写真)。


ハゲワシと少女


餓死で息絶えようとする少女を待つハゲワシの衝撃
 内戦で流亡する難民の悲惨さの一端を切り取ったものとして、この写真は世界に衝撃を与えた。報道写真の最高栄誉であるピュリツァー賞を受賞した。
 しかし1993年3月26日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙にこの写真が掲載されると、絶賛と共に、洪水のような批判も寄せられた。写真から、次に少女が息絶えたら、ハゲワシが少女を食い漁るのは、誰もが想像できた。人間の想像力を刺激いる優れた名カットなのだが、殺到した批判は「なぜ少女を助けなかったのか」というものだった。
 批判は、写真家は職業人であるよりもまず人間であるべきだ、というものだ。


内戦の不条理を世界に訴えた1カット
 その是非については、難しい問題なので、今は措く。ただあの写真は、内戦の悲惨さと不条理をどんな名文よりもはっきりと、先進国市民に突きつけたことは事実である。そして、今も独裁者として居座り、国際刑事裁判所から逮捕状が出されているオマル・アル=バシルの責任の大きさも問うた。
 後日談として、撮影した南アフリカ共和国の報道写真家ケビン・カーター氏は、授賞式から約1カ月後、ヨハネスブルク郊外の車の中に排ガスを引きこみ自殺した。彼はもともと薬物依存症であっただけでなく、20代の頃に双極性障害(躁鬱病)を患っていて、2度も自殺未遂を起こすなど精神的に不安定な側面があった。


自死した撮影者ケビン・カーター氏を追想
 そんな彼には、ピュリツァー賞受賞の晴れがましさよりも批判が応えたのかもしれない。
 僕は、ハゲワシの映像を観ると、時としてこの写真とケビン・カーター氏の悲劇を思い起こす。あの写真がなければ、スーダン内戦の実相が広く世界に知られることもなかったと思うだけに。

 それはさておき僕たちは、ゴンダール城の荒れ果てた公文書館の中を見学し(写真上と中)、次いでバカフォ王の宮殿を観た(写真下)。こちらもここを占領したイタリアが「修復」したもので、かつての面影はない。


公文書館の内部2

公文書館の内部

バカフォ王の宮殿


昨年の今日の日記:「公安まで介入して株バブル崩壊引き留めに躍起のスターリニスト中国で、習近平に対する党内批判は必至;現代史」


追記 オランダ、ハーグの国際海洋法条約に基づく仲裁裁判所は、12日、スターリニスト中国による南シナ海の海洋進出に主権を認めない初めての判断を示した。スターリニスト中国の主張する独自の南シナ海の境界線「九段線」(通称「牛の舌」)に国際法上の根拠がないと認定、またスターリニスト中国の埋め立てと軍事基地などの建設を進める「島」も、島と認めず、領海などを設定できないとした。
 仲裁裁判所へはフィリピンが提訴し、国際法で明らかに無理な主張と行動をとるスターリニスト中国は最初から関与をせず、いかなる判断も受け入れない、と宣言していた。仲裁裁判所の判断の後も、あらためて受け入れないことを表明、あくまでも帝国主義的侵略を続けることを宣言した。
 しかしこれにより、「中国は国際法に従わない無法国家」というイメージが世界に広がり、国際的にも大きな打撃となることは必至だ。