23日のEU離脱(ブレグジット)の是非を問うイギリスの国民投票ほど、直接民主主義の危うさを示したものはなかった。


野心家に政治的チャンスを与える国民投票
 この例のように、大衆の一時の感情・情緒で国の針路が決められてしまう。
 だからそれを最も多用したのは、ナチのヒトラーだった。国際連盟脱退、自らが就くための独裁的総統職の新設、さらにはオーストリア併合などの是非を問うために、国民投票を何度も実施した。ドイツ国民は、熱狂的に「ヤー」の票を入れた。
 今回のEU離脱を主導した保守党のボリス・ジョンソン下院議員(前ロンドン市長)は、もともとは熱心な離脱派ではなかった。ところがキャメロン首相が国民投票を決めると、熱心な離脱派に転じ、連日、テレビや新聞に出て、熱烈に離脱をぶちまくった。キャメロン首相の後釜を狙ったパフォーマンスとされる。
 つまり国民投票は、こうした野心家にチャンスを与えるのだ。


60年安保が国民投票にかけられたら……戦慄の結果
 日本で、例えば農家や自営業者などに反対が多いTPPも、国民投票にかけられれば、おそらく反対多数で葬られてしまう。沖縄で、元海兵隊員の女性暴行殺人直後に、アメリカ軍基地撤去・日本からの独立を問う住民投票をしたら、文句なく賛成票が上回ってしまうだろう。
 1960年に国内は安保改定反対で大揺れしたが、当時、世論調査では安保条約反対が多数であった(写真=パレスハイツ跡地を埋めた安保反対の大群衆、1960年6月18日)。もし国民投票でそれが問われたら、安保反対となり、結果として日本は中立化=ソ連の衛星国化に転じただろう。そうなった時、いかに悲惨な結果となったかは、その後の歴史が教えている。


60年安保反対の大群衆

 さらに世界でどこでも増税は、反対論が多数を占める。増税の可否を、国民投票で決めるようにしたら、どこの国でも財政は破綻してしまう。


代議制は、賢明な策
 そうならないのは、日本が賢明にも代議制を採っているからだ。
 ただその日本でも、2009年、4Kバラマキ策を掲げ、ポピュリズム選挙に臨んだ衆院選でバラマキスト民主党が政権を簒奪したが、しょせん財政的に無理な4Kバラマキ策は直ちに破綻し、代議制民主主義でバラマキスト民主党を12年に政権から追放した。
 もし直接民主主義で、4Kバラマキ策を1つひとつ国民投票にかけたら、すべて可決され、日本は財政的破綻、そしてとめどないモラルハザードを引き起こしただろう。


代議制ポピュリズムでも衆議の過程で国益重視の正論に勝てない
 代議制のもとでも、例えば農業票の多い地方から出る与党議員はTPPに反対とぶって国会に出てくるだろうが、一般大衆よりは多少は識見がある議員の衆議の中で、やがて主張を引っ込める。地方や農家のエゴより、国益重視の正論に勝てないからだ。
 代議制は、意思決定が遅くなるという欠点も持つ。しかしそれは首相の指導力さえあれば、改善できる。
 憲法改正以外の国民投票制度のない日本は、国の針路を誤らないように担保されていると言えるのだ。イギリスの惨状を観て、その幸運を祝す。


昨年の今日の日記:休載