スイスで5日、風変わりな国民投票が行われた。全国民に一定額の現金を無条件で給付する「ベーシックインカム」制度導入の是非を問う投票である。

4人家族で誰でも67万円給付という「夢物語」
 直接民主主義が発達しているスイスでは、国民10万人以上の署名を集めれば国民投票実施を求められる。スイスの有権者は700万人ほどだから、10万人を集めるのは大した苦労はない。直接民主主義で、最も敷居が低い。


スイス

 国民投票を求めた導入推進の団体の提案は、「貧困撲滅」のために、「最低限の」生活維持費として、成人1人に2500スイスフラン(邦貨換算約27万円)、未成年に625スイスフラン(同約6.8万円)を毎月支給するというものだ。子供2人の4人家族家庭では邦貨換算で、67万円にもなる。

政府、経済界も猛反対
 いくら物価の高いスイスでも、この額が「最低限」なのか大いに疑問だが、この究極のバラマキ福祉提案に、スイス国民は反対76.9%(賛成23.1%)の圧倒的多数で否決した。
 政府は、この提案が通ると、現行社会福祉制度を切り替えても、新たに年間2080億スイスフラン超(同約22.7兆円)もの巨額費用が発生し、それを賄うために大増税を実施するとスイスの国際競争力が大きく削がれる、と反対した。
 製薬や時計などの精密機械で強い国際競争力を誇る経済界も、勤労者の労働意欲が大きく削がれるうえ、増税で経営が立ちゆかなくなると、むろん猛反対した。

左派も反対した
 興味深いのは、こうしたバラマキには賛成しがちな左派政党も、反対を表明したことだ。理由は、「この制度が導入されると、年金がカットされるので、逆に収入が減る高齢者が出る」から。年金制度も、かなり手厚いのだ。
 一方で導入を求めたグループは、貧困対策に有効という他、社会保障の一本化で行政の効率化につながる、と主張した。しかし全国民へのバラマキの財源策は具体的には示されなかった。当然だろう、そんな財源はあるわけはないのだから。

勤労意欲減退と大増税は明らか――持続可能でないトンデモ政策
 国民投票結果は、スイス国民の良識を示したもの、と言えるが、導入を求めたグループもいきなり可決されるとは期待しておらず、国民への議論のたたき台として国民投票を求めたという。
 ちなみにベーシックインカム制度は、福祉制度の篤い北欧を含め、自由経済の国でまだ導入した国はない。わずかにフィンランドなどで議論が行われている段階だ。
 日本でも一部の学者・経済学者にベーシックインカム制度の支持がある。
 しかしこれほどの手厚いバラマキ給付をすれば、すなわち国民全員が生活保護を受けるとなれば、勤労意欲の顕著な減退と政府依存のモラルハザードになるのは明らかだ。
 所得税と法人税の大幅増税と、消費税の大増税は不可避であり、日本から富裕層とグローバル企業はいなくなる。
 この究極のバラマキは、とうてい持続可能ではない。
 スイスの否決は喜ばしいが、それでもこんなトンデモ要求に、国民の4分の1近くが賛成したのは、不可解である。それほどタダで現金を施されるのが欲しいのか?

昨年の今日の日記:「トヨタの発行予定の新型「AA型種類株」は買いか?;経済」