写真1

 財団法人「日本漢字能力検定協会」(写真)の大久保昇・前理事長と長男の大久保浩・前副理事長が京都地検に逮捕された。実態のないペーパー会社に事業発注して多額の金を流し、漢検協会に損害を与えた背任容疑だ。父子は、自分たちがトップを務める4社から多額の役員報酬を得ていたうえ、漢検協会の金の私的流用なども奔放に行っていた容疑が持たれている。逮捕・摘発は社会正義を守るためにも、当然のことであり、漢検協会にまつわる疑惑は徹底的に解明してほしいと思う。

トンネル会社に金を流してなお多額の利益
 今回の疑惑は、メディアが主導で進んだ。そして前理事長は協会のクレジットカードを使って私的遊興を繰り返していただの、在任中なのに5000万円以上の退職金を支払わせただの、副理事長は協会からF1レースに年間2000万も金を出させていただの、その私物化のひどさが、次々と暴露された。
 その一方、前述した4つの事実上のペーパーカンパニーに、最近3年間だけでも70億円もの金を流していた。協会から4社に委託された出版、採点、広告などの業務は、実態のないものだったり、あってもさらに外部に丸投げされたりしていた。そうやって利益を移転したこれらのトンネル会社から、父子は多額の給与、配当を得ていた。
 ただ、それでも驚くのは、これほどの乱脈経理でありながら、漢検協会は年間数億円もの利益を出し、剰余金を積み立てていたのだ。あまりの「儲けっぷり」に、所管の文科省が問題視するほどだった。
 メディアによって、父子のやりたい放題の私物化が暴かれると、ついに文科省が介入して名目だけになっていた理事会の刷新にまで進んだ。この時点で、2人の逮捕は時間の問題になったと言えるだろう。そしてついに1昨日の逮捕といたったことは、すでに読者の皆さんご存じのとおりだ

公益法人化で急成長
 大久保父子は、法人形態を間違えた。株式会社にすればよかったのだ。そうすれば、多額の収益を上げる超優良会社として兜町でも寵児になったことだろう。92年、文部省(現・文科省)所管の公益法人化されたのだが(漢字検定も文部省認定となった)、公益法人は儲けてはならないのだ。利益がたまれば、検定料の値下げなどで受験者に還元しなければならない。国の指導監督基準では、「必要以上の利益を得てはいけない」と明記されている。
 もっとも公益法人化され、漢検が国の認定資格にならなければ、昨年度289万人もが受検するほどに急成長することにはならなかったろうし、年間72億円もの収入を得られることはなかっただろう。

文科省の報復?
 さて、漢検協会の摘発の前に、某所で奇妙な噂を聞いた。あれは、文科省のリークから始まったのだ、文科省の報復だ、というのだ
 漢検協会は、他の多くの公益法人と異なり、前述のように72億円もの年間収入をあげ、乱脈経理でありながら多額の利益と剰余金を出しているので、所管官庁の文科省から補助金などを1銭も得ていない。したがって文科省の天下りを1人も受け入れていなかった。だからだ、というのだ。
 にわかに信じ難い話ではあるが、お役所の天下りの生態を見るにつけ、なるほどそうか、と納得できてしまう部分もあるのである。おそらく以前から文科省から理事クラスへの天下りの打診があり、協会はそれを拒んできたのではないだろうか(部外者が入れば、前述のように協会の金を好き勝手に使えない)。これほどのキャッシュリッチの公益法人なら、どこの役所も天下り先にしたいと願うだろうし、見逃すはずはないからだ。
 一般的に、まともな公益法人が大多数なのだろうが、中には所管官庁からの補助金、調査委託費など税金だけが収益源という所もなくはない。そうした公益法人は、だいたい所管官庁から天下りを受け入れている。
 つまり役所は、自分の老後の面倒を見てくれる公益法人を作り、そこに税金という国民の金を流して、「公益」ではなく「私益」を得ている。最初は、篤志家が社会の必要のために公益法人を作っても、そのうち所管官庁から補助金や調査委託費などを受けるにつれ、天下り機関に変質していくところもある。公益法人も、金が欲しいから、むしろ積極的に天下りを受け入れる。こうして官と公益法人の癒着複合体が出来上がる。

爪楊枝で歯をせせりながら応接された苦い思い出
 個人的思い出としては、昔、雑居ビルに入っていた、厚生省(現・厚労省)所管の医療福祉系のある社団法人を訪ねたことがある。小さな接点ではあったが、そこで天下りを受ける公益法人とは、こういうところか、という苦い体験をした。
 専務理事に面会のアポをとって出かけたのだが、応接されたのは、なんとその専務理事のデスクの前のスチール椅子だった。霞が関でよく見かける、課長や課長補佐クラスのデスクの前のスチール椅子と同じものである。それは、業界関係者や自治体などが陳情に訪れた時に座る椅子である。近くにソファがあったと思うが、そこには所管官庁の来訪者用らしく、案内されなかった。
 それだけなら、記憶にも残らなかっただろうけれども(何しろ1日に3カ所くらいの訪問は日常茶飯事だった)、その専務理事は、デスクにふんぞり返り、失敬千万にも爪楊枝で歯をせせりながら、まだ若造だった私に応対したのだ。応対も、横柄なものだったが、爪楊枝で歯をせせりながらというのは、これが最初にして今日まで最後の応対だった。
 別にセールスに行ったわけではないので、すっかり不愉快になり、そうそうに席を立った。あれは、霞が関で長く飯を食ってきた天下りノンキャリ官僚だったのは間違いない。民間企業出身者なら決してそんな非礼な応接はしないし、キャリア官僚なら巨大ビルのもっと大規模な団体に天下りし、広い部屋に座って、むしろ柔らかい物腰で応対しただろうからだ。霞が関でも局長や次官、審議官クラスは、みな紳士だった
 官僚の生態を多少知った者には、だから漢検不正をリークしたのは文科省という「背景説明」を一笑に付すことはできなかった。

後任の鬼追理事長は高齢なので
ちなみに、公共事業に縁遠い文科省の天下り先は、限られる。独立行政法人などの役職員に再就職した文科省のOBは、最近では160人だった。天下り先には、公益法人(57法人)が断トツで、106人。2位の独立行政法人13法人、21人を引き離している。この数は、国交省、農水省などの利権官庁の数分の1だ。
 さて今後、文科省は、漢検協会にどう対処するだろうか。
 疑惑を受け、退陣した大久保前理事長に代わって後任理事長に就いた鬼追(きおい)明夫・元日本弁護士連合会会長は、74歳という高齢である。整理回収機構(RCC)の社長などを務めた、もう「あがった」人物だ。漢検協会の混乱をとりあえず収拾し、ほとぼりが冷めたら、遠からず身を退くだろう。
 その後には、不祥事「発覚」後に強い「指導力」を発揮してきた経緯から、きっと文科省からノンキャリ天下り役人がやってくるに違いない。
 もしそうなったら、文科省リーク疑惑も確証されることになる。刮目して注視していこう。