写真1
写真2

 
 
 アメリカ、ラスベガスに4泊してきた。別にカジノに行くつもりはなく、ラスベガスを拠点に、国立公園を探訪しようという狙いだ。少し前から計画していたが、この時期を選んだのは、最も空いていると思ったからだ。折よく円高でもあったし。

砂漠の都市、ラスベガスは雨!
 最初の飛行機便探しで驚いたことは、ベガスへの直行便が廃止されていたことだ。一昨年秋、不採算路線ということで日航が撤退し、サンフランシスコかロサンゼルス経由ということになった。これでゲートでの検査が2回かかるうえ、長蛇の列に並ばされるという不都合が加わった。乗り継ぎの待ち時間も含めると、直行に比べ3~5時間はベガスは「遠く」なった。
 今年の1月12日から、アメリカ入国に際しては、テロ対策の一環で「ESTA(エスタ)」と呼ばれるインターネットでの事前認証も必要となった。これ自体は全く難しくはないが、記入項目が多く、けっこう手間がかかる。
 そしてサンフランシスコで乗り継ぎ、ラスベガスまでのフライトの間、窓際だったので外を見ていたが、下界はずっと雲に隠れている。そして飛行機がベガスのマッカラン国際空港にランディングして、驚いた。雨が降っている! ベガスの歴史は最初、オアシスの街として造られたように、ここは砂漠である。まさか雨に降られようとは、思わなかった。タクシーの運転手によると、昨日から降っているという。これではグランドキャニオンは雪だろうなと、ちょっと不安なスタートとなった。
 ホテルに着いたのは、5時頃、しかも時差ボケと疲れと、このうえに雨となれば、いつものように街中散歩というわけにはいかない。食事に出るだけで、やっとだ。この食事にも、驚くことになる。
 空港着陸時とタクシーでホテルまで行く間に、チラリと見たのだが、10数年前にベガスに泊まった時よりもさらに巨大化していた。
 このホテルも、テーマホテルと呼ばれて、それぞれ個性豊かに(あるいはどぎつく)造られている。ホテルめぐりだけで2日はかかりそうだ。
 というわけで、ちょっとしたさわりのつもりが意外と長くなったが、本日は出発前に準備していた全く別のテーマを取り上げ、本格的な旅日記は明日からアップしていく。乞うご期待(写真上はグランドキャニオン、ウエストリムのスカイウォーク)。

チンパンジーは石器を作るのか
 類人猿の中で、ヒトに最も近いチンパンジーは、利口なことで知られる。京都大霊長研の松沢哲郎氏は、飼育下のメスのチンパンジー「アイ」ちゃんと画像のアイコンを通して対話する研究で有名だ。チンパンジーは、発声器官がヒトと異なるために、発話こそできないものの、アイコンを通じてのコミュニケーションが可能であることが示されている。
 動物心理学者として出発した松沢氏は、一方で、西アフリカ、ギニアのボッソウの森に暮らす野生チンパンジーの生態調査も手がけ、ここでチンパンジー集団の一部が、台石に石をかませて安定化させ、アブラヤシの種子を割る行動を、90年代に初めて報告した。
 ボッソウの森での野生チンパンジー観察は、1976年に同研究所の杉山幸丸氏が初めて調査地として確立し、以後、同研究所の調査基地となっている。
 ここで、松沢氏は、チンパンジーが石器を作るのかどうかの実験を試みているという。2月5日付の朝日新聞夕刊に、カラー写真とともに報道された(写真下)。
 ボッソウのチンパンジーがアブラヤシの硬い種子を石で割る行動は、前記の杉山氏が初めて観察して、世界に大きな衝撃を与えた。すでに東アフリカのいくつかのチンパンジー集団が木の枝をしごいてアリ釣り行動をすることが観察されており、チンパンジーの道具使用行動は、初期人類の石器製作をうかがうヒントになると重視される
 しかし森林居住者のチンパンジーにとって、石器を使用するメリットが見いだせないこともあり、石器を作った初期人類との間の大きな断絶とされていた。ちなみに初期人類は、今から260万年前頃に初めて初期的な石器を製作し始める。オルドワン文化と呼ばれる、石を石で割って片側の刃だけ作り出した石器が、東アフリカのケニア、エチオピアのいくつかの遺跡で見つかっているからだ。

ヤシの種子割りに石を使うチンパンジーだが
 初期人類が石器を作り始めたのは、この頃にヒトが肉食を始めたことと深い関係があったと考えられている。エチオピアのミドル・アワシュにあるブーリで、250万年前頃の動物の骨に石器の切り傷を見つかり、アウストラロピテクス・ガルヒという初期人類が、石器で動物の死肉から舌を取り出したり、骨髄を取り出したりしていたことが推定された。
 肉を切ったり、骨を割ったりするには、石器が不可欠で、これがなければ肉食はできない。しかし森林性のチンパンジーは、集団でコロブスなど小型のサルを襲って食べることは知られているが、素手で襲い、犬歯で肉をかみ切っている。いまだ石器を使う行動も、製作する行動も観察されていない。
 ちなみに石器とは、ただの自然石を道具にしたものではない。ヒトが石器になりそうな石の素材を選択し、意図的に刃を作り出したものが石器だ。ボッソウの森のチンパンジーがアブラヤシの種子割りに使うのは、自然石であり、そこには意図的な石の加工が見られない。
 そこで松沢氏は、06年からケンブリッジ大の大学院生で考古学者のスザーナ・カルバーリョさんと、ボッソウのチンパンジーが石器を作るか、実験観察を始めた。そのために初期人類が石器を製作した遺跡のある東アフリカ、ケニアのクービ・フォラから、重さ1キロほどの玄武岩の石を持ち込み、アブラヤシの種子割り行動をする場所に置いてみた。
 硬くて使い勝手がよいのだろう、その石はチンパンジーに愛用されている。そしてある個体は、うっかりしてその石で台石にしている砂岩の石を割ってしまった。しかしそれまでだった。割れた石は、そのまま放置され、利用されることはなかった。

初期人類とチンパンジーとの間の大きな断絶
 松沢氏の仮説は、初期人類のある個体が、石で何かを割っていた時、うっかりして石を割り、そこに刃が出来たことに気がついて、石器作りが始まったのだろう、というものだ。
 ただ、現代に限られた個体数のチンパンジーに対して実験しても、はたして彼らが「偶然出来た石器の発見」というセレンディピティーに気がつくものかどうか。ちなみにアメリカのジョージア州立大の研究者は、現生チンパンジーの祖先から200万年前頃に分岐したボノボのカンジ君に石器作りを教えたが、いくら教えてもけっきょく成功しなかった前例がある。
 石を使ったら石が割れ、偶然出来た刃を肉の処理に使えることに気づき、そこから意図的に石材を選び(軟らかい砂岩では、骨の処理はできない)、1つの文化伝統として石器作りを始め、次世代に伝えていくという行動の確立まで、おそらく気の遠くなるほどの年数(100万年単位かもしれない)と数え切れないほどの試行錯誤があったに違いない。
 それからすれば、ボッソウの森のチンパンジーは、石器作りのまだずっと手前にいるように思われるのである。チンパンジーには石器を作れるだけの潜在能力はあるかもしれないが、そこに彼らが気づくまでに大きな断絶があると思える。
 石器製作は、今日のコンピューター文明に連なる人類による最初のテクノロジーである。これによりヒトは、脳を大きくでき、またそれまでアフリカに限られていた分布域をユーラシアへと拡大するきっかけになった。人類史上の画期的大発明を行った初期人類の「天才」がもしいなかったとしたら、人類はまだアフリカのサバンナで肉食獣に襲われる哀れな存在だったかもしれない。
 チンパンジーと初期人類に、大きな格差があったように思う。