ゼレンスキー大統領がオンライン演説をされるにあたり、

歴史的な背景を読んでおいたほうが話を理解できると思うので、

ウクライナの歴史に関するリンクを紹介します。

 

ウクライナ政府と日本政府の関係は、

東日本大震災、東京電力福島第一原発事故の際に、

チェルノブイリ原発事故の経験から、

放射能汚染の地上マップを定点観測することで、

放射能汚染から乗り越えてきたことを

日本政府に教えてくれた恩があります。

 

その後、ウクライナ政府は政情が安定せず、

ウクライナ国民は歴史的に大国により翻弄され、

独立後も政権はアメリカと西側諸国とロシアの間に

挟まれ、経済的にも政治的にも壮絶な歴史を経験されてきました。

 

2014年のウクライナ騒乱クリミアの内戦と独立、ロシア編入。

2015年、ドンバス地方で武装蜂起した親ロシア派勢力は、

ウクライナから独立宣言し、

「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を名乗り、

「ノヴォロシア人民共和国連邦」は、

ロシアへの編入を求めていましたが、

ロシアも国連も認めていませんでした。

その後、紛争となり、ドイツとフランスが介入して

「ミンスク合意」が結ばれ、停戦。


 

 

以下は、

知っておきたいウクライナの歴史!ロシアの支配やクリミア問題などを解説から ホンシェルジュ majisar

 

“親ロシア派勢力による武装蜂起はクリミア半島だけでなく、

同じくロシア系住民が多く暮らしている東部のドンバス地方にも飛び火しました。

これは「ウクライナ東部紛争」と呼ばれています。

ウクライナ側はロシアとの「戦争」とみなしていて、

一方のロシア側はウクライナの「内戦」という立場をとっています。

双方とも宣戦布告はしていません。

ドンバス地方で武装蜂起した親ロシア派勢力は、ウクライナからの独立を宣言。

「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を名乗り、

共同で「ノヴォロシア人民共和国連邦」を構成します。

クリミア同様ロシアへの編入を求めましたが、ロシアはこれを認めませんでした。

国連からも、国家として承認されていません。

ただ数千人規模といわれる軍の維持は、親ロシア派勢力だけで賄いきれるものではなく、

非公式にロシアが援助しているものと考えられています。

これに対し、アメリカやEU加盟国はロシアへ経済制裁を発動した一方、

外交の交渉は継続。20152月にはドイツとフランスが仲介して「ミンスク合意」が結ばれ、

停戦が実現しました。ただその後もたびたび紛争が勃発している様子。

 

これまでに13000人以上の死者が出ています。

 

【ウクライナの歴史⑥】ロシアから離れる最初の一歩!その市民運動は“色の革命”と言われた!!『オレンジ革命』

 

image