遺骨収集する側に、いのちへの敬意はあるか? | 命を守る参議院議員 川田龍平 公式ブログ

遺骨収集する側に、いのちへの敬意はあるか?

今日は関東地方を台風15号が直撃し、通勤、通学も大変だったかと思います。

また、台風15号によって被害を受けた皆様につきましては、

この場をお借り致しまして、心よりお見舞いを申し上げます。

 

本日は、厚生労働委員会があったので、

私も会館に来るのに大変な思いをしました!☔️

 

本日の部会の議題の中に、

「臨床研究法案並びに障害者総合支援法改正案漏洩事案に関するヒアリング」と、

「戦没者遺骨収集について鑑定結果隠蔽に関するヒアリング」があり、

質問しました。

 

前者の方では、

「情報漏洩したことへの反省はないのか?

もしこのことが処分時(2017年12月)にわかっていたら、

両法案は通っていなかった。

法案を通すために公表しなかったと思われても仕方がないのでは?

国会審議に影響を与えたことについてはどう考えているのか?」

と質問したところ、

「今回の訓告処分を公表しなかったことは、

公表基準を踏まえて行ったものである」

との開き直った回答でした。

その時怒りとともに浮かんだのは

百歩譲っても「李下に冠を正さず」の故事です。

一体厚労省は、こうした本来の精神を、どこに置いてきてしまったのか?

たった一本の法律が、障害者の人たちの生活を変えてしまうのです。

 

 

遺骨収集の鑑定結果隠蔽

(シベリアから平成26年に持ち帰った遺骨が4年後の鑑定で日本人でないことがわかり、

それを1年間隠していたこと)についても同様でした。

「本来はもっと前にわかっていたのではないか。

 日本人の墓地に別のアジア系の民族の遺骨が入っていたのではないか」と質問したところ、

「コーカソイド(ヨーロッパ系)であればすぐわかるが、

 ロシアの鑑定人からの他、

 場所、証言も踏まえてモンゴロイド(アジア系)だと言われた。」

 との回答でした。

 遺骨収集とは単なるモノの収集ではありません。

 そこには亡くなった方の尊厳、

 そして遺族の方の感情があるのです。

 「いのち」は、残された者の中にずっと残ってゆくもの、

 だからこそそれを扱う側の我々は、

 その意識を持って仕事をする必要があります。

 遺骨収集は慎重かつ迅速に行うだけでなく、いのちに対する

 敬意を持って進められなければなりません。

 

 この問題、今後もしっかりと注視してゆきます。

 

🐲いのちを守る参議院議員川田龍平🐲