参議院議員川田龍平君提出
臨床研究における医師と製薬会社による患者の権利侵害に関する質問に対する答弁書
 
高血圧症治療薬「ディオバン」(一般名バルサルタン)の臨床研究に製薬会社社員が関与していた問題(以下「ディオバン問題」という。)を受け、大手製薬会社のノバルティスファーマ株式会社(以下「ノ社」という。)は昨年七月、今後社員は臨床研究に一切関与しないと公表したばかりであるが、その後も同社社員が、慢性骨髄性白血病治療薬を用いた医師主導臨床研究(以下「SIGN研究」という。)において不当な関与をしていたことが明らかになった。
そこで以下、質問するので、質問項目毎に丁寧に答弁されたい。答弁に当たっては「調査中」などとせず、現時点までに明らかになったことについて、誠実に答弁されたい。また、調査中であるために答弁ができない場合には、厚生労働省のどの部署の責任でいかなる調査を実施し、いつまでに調査結果を明らかにするのか示されたい。

一 まず、ディオバン問題やSIGN研究問題に限ることなく、法令解釈及び運用についての一般論として質問する。医師主導の医薬品臨床試験において、当該医薬品の製造販売事業者の社員が、研究の実施計画書に名前を記載されずに関与し、労務提供を行い、データの不正操作やバイアスのかかった論文結果の誘導等を行い、それによって得られた製品情報を広告に使った場合、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律が規制する「欺まん的顧客誘引」に該当する可能性はあり得ると考えてよいか。
また、医療用医薬品製造販売業公正取引協議会の規約に違反する可能性はあり得ると考えてよいか。
加えて、それぞれについて、データの不正操作等が立証されない場合でも、当該医薬品の製造販売事業者の社員が関与を隠していた場合はどうか。
さらに、それぞれに関し法令解釈及び運用について、政府の見解を明らかにされたい。

ぎまん的顧客誘引とは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号。以下「独占禁止法」という。)で禁止される不公正な取引方法のうち、独占禁止法第二条第九項第六号の規定に基づき、公正取引委員会が不公正な取引方法(昭和五十七年公正取引委員会告示第十五号)第八号において指定する「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること」であるところ、一般論としては、医薬品の製造販売業者が、自己の供給する医薬品の内容等について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引することは、ぎまん的顧客誘引に該当する。なお、昭和五十七年以降、ぎまん的顧客誘引として独占禁止法に基づく法的措置を採った事案はない。
また、公正競争規約は、不当景品類及び不当表示防止法(昭和三十七年法律第百三十四号)第十一条の規定により、事業者又は事業者団体が、消費者庁長官及び公正取引委員会の認定を受けて、表示又は景品類に関する事項について設定する業界の自主基準であり、御指摘の「労務提供」により、医療用医薬品製造販売業における景品類の提供の制限に関する公正競争規約(平成九年公正取引委員会告示第六十六号。以下「本件規約」という。)に違反することとなるか否かについては、本件規約を設定し、その運用をしている医療用医薬品製造販売業公正取引協議会(以下「協議会」という。)において判断されるものであり、政府としては、お答えを差し控えたい。
さらに、お尋ねの「データの不正操作等が立証されない場合でも、当該医薬品の製造販売事業者の社員が関与を隠していた場合」の意味するところが必ずしも明らかではないが、ぎまん的顧客誘引は、事業者が、「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること」であり、当該医薬品の製造販売業者の社員が関与を隠していたかどうかは、ぎまん的顧客誘引に該当するか否かに直接関係するものではない。



二 昨年十月、医療用医薬品製造販売業公正取引協議会の寺川祐一専務理事は、ディオバン問題における奨学寄附金の提供などを含むノ社側と大学との関係について、寄附に関する基準などを定めた公正競争規約上、明らかな違反とは考えていないとの認識を示しているが、公正取引委員会も同じ見解であるか、明らかにされたい。
  また、薬事法に基づく調査は刑事告発による調査に委ねた形だが、公正取引委員会としての調査は行っているのか。行っていない場合にはその理由について、明らかにされたい。

三 SIGN研究において、ノ社の複数の社員が上司の了承を得た上で、医療機関から研究データを回収するなどの労務提供を行い、契約に基づかずに研究に関与していた問題が露見したが、これも前記二で述べた規約違反ではないか。公正取引委員会の、法令解釈及び運用についての見解を、明らかにされたい。
  また、公正取引委員会として調査に着手しているのか。着手していない場合にはその理由について、明らかにされたい。

二及び三について
公正競争規約は、一についてで述べたとおり、業界の自主基準であり、御指摘の「奨学寄附金の提供など」又は「労務提供」により、本件規約に違反することとなるか否かについては、協議会において判断されるものであり、政府としては、お答えを差し控えたい。
また、お尋ねの「調査」に着手しているか否かについては、公正取引委員会が行う事件調査の具体的な活動内容に関わる事柄であり、お答えを差し控えたい。


四 SIGN研究では、服用薬を新製品に切り替える患者に試験概要を示し、利益相反がないと断言する「説明文書・同意書」の作成・更新に、その新薬を販売するノ社が関与していた疑いが報道されている。この「説明文書・同意書」の電子データは二〇一二年春に作成され、文書属性を示すプロパティにはなんと「Novartis(ノバルティス)」の会社名が記されていたとのことだが、厚生労働省はこの事実を把握しているか。
五 前記四の「説明文書・同意書」にはまた、患者の個人情報について「本臨床研究関係者以外の外部に流出したり目的外に利用されたりしないよう適切に保護する」と記載されているとのことだが、事実か。

厚生労働省医政局においては、御指摘のSIGN研究の研究代表者が所属する東京大学に対する聞き取り調査の結果を踏まえ、同大学に対し、できるだけ早く事実関係の詳細な調査(以下「本件調査」という。)を実施するよう依頼したところであり、本件調査の結果の最終的な報告を受けていない現時点においては、お答えを差し控えたい。


六 前記五に関して、患者アンケートのコピーを東京大学医学部附属病院側がノ社社員に渡し、データ解析さえさせていた疑惑も伝えられている。これが事実とすれば「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」に違反し、プライバシーの侵害に当たるのではないかと考えるが、政府の見解を明らかにされたい。

御指摘の疑惑については、東京大学に対し、本件調査の実施を依頼したところであり、お尋ねについてお答えすることは困難である

七 医薬品の切替えは本来医師の裁量によるべきだが、SIGN研究においては製薬会社がその名前を隠した形で臨床研究実施計画書の作成に関与し、医師は患者がこれに従うように誘導した疑いがある。もしこれが事実とすると、医師が患者に最善の治療を提供する機会を奪った可能性が高い。このような可能性が考えられる研究計画であれば、被験者保護の点から極めて深刻な事件と考える。厚生労働省はこの観点から臨床研究実施計画書の内容を調査しているか、明らかにされたい。

お尋ねの「臨床研究実施計画書の内容」については、本件調査の実施を依頼したところである。