「理想」の政治家というのは、『青い鳥」なのでしょうか?

 

絶対王政の時代だったフランスでもエラスムス(1466〜1536)やラブレー(1483?〜1553)らの人文主義者がいました。中国では、更に古くて書聖の王羲之(Wang Xizhi, 303?〜361?)は地方政治家でした。真蹟は存在せず、「蘭亭序(らんていじょ)」は中国の書の最高峰とされています。(※ 東京国立博物館で数時間待ちをしました(-_-;))

 

日本では、奈良、平安時代には多くの文人政治家がいました。また、当時の政府が文化、宗教を大事にした時代でした。江戸時代も、武士だけでなく、庶民の教育に熱心だったいくつかの藩があります。東の足利学校、西の閑谷(しずたに)学校が特に有名に思います。

 

現代の時代は、文化と政治家との係りはさらに、薄くなっていますが、1980年代のフランスの文化相だったアンドレ・マルロー(Andrer Malraux)は作家でしたし、米国の国務長官(2005〜2009)を務めたコンドリーザ・ライス(Condleezza Rice)は、ほとんどプロ級のピアニストです。日本でも与謝野馨氏までは文人政治家がいたようです。

 

今年の5月で白寿を迎えた中曽根康弘氏は文人政治家ではありませんが、フランス訪問時に片言のフランス語を話したようです(要確認)。1983年に母校の高崎高等学校での講演で、「文化と学問と政治」について話しています。

 

『ただでさえ難しい、政治に文化の素養など怪しからん』という風潮もあるようです。前の某府知事は、文楽や楽団など文化振興政策を悉(ことごと)く否定しました。蓋(けだ)し、文化は経済的な実利は産みませんが、心の豊かさを産みます。欧米では、100万人程度の人口の小都市でも、コンサートホールがあり、楽団があります。ウィーンはオーストリアの首都であり、ウィーン・フィル(Wiener Philharmoniker, 独)は世界最高峰の楽団ですし、ウィーン楽友協会ホール(Musikvereinssaal, 独)も有名です。

 

話は、ガラリと変わりますが、

25日に解散が予定されている衆議院総選挙では、現職、元職のほか、「寄らば大樹」派や「筋金」入りが多数、立候補するのでしょう。私は、政治家は裏と表があると思います。ただ、どこかには、「誠(まこと)」があるのでしょう(と信じたいです)。

 

過去のブログ記事

「理想」の政治家を求めて(1)(8月23日)