〈継述堂〉
詹氏の祠堂である。詹氏は卓蘭最大の姓氏で、潮州府饒平県を祖籍とする。光緒十一年(1885)創建であるが、大震災後再建されたため、和風の唐破風屋根の建築となっており、類例が他に少ない突出した特徴の祠堂である。神社の狛犬貸風にブタ犬状の奇妙な瑞獣が左右に建てられている。
木造騎楼であるが、中山路と民族路の交差点にあり、転角楼(角店・かどみせ)形式であり、珍しく、卓蘭鎮を代表する昭和建築である。寄せ棟屋根に下見板壁の二階屋と、一階エントランスの正面角柱の内部に4本の古典様式の円柱と柱形をもつ。
[街並構成]
中正路と中山路の交差点を中心に老街が遺る。日本統治初期の『台湾堡図』では、現在の中正路と中山路南段を主街道としてT字の街道をなしている。中山路北段はまだ存在していない。中正路西段と中山路北段の区画内には、峩崙廟(中山路81巷10号)があり、中正路はその門前街である。峩崙廟は広東系住民が台湾でよく祭祀する三山国王を祭祀している。道光三年(1823)の創建で、昭和二年(1926)再建されているが、昭和十年(1935)の大地震でも震源に近く、損壊の上、市街とともに復興再建されている(「震災復興改修峩崙廟碑」が殿内にある)。1976年にも再建されている。このため市街の昭和年代の建築は、昭和十年の震災以降に再建された二階建木楼が多い。二階は下見板壁の木造であるが、柱をコンクリート化している。中正路では木楼街が連続した商店街としてよく残存している。中山路は北側の鎮公所附近から、南側の智和医院にかけて昭和期の建築物が遺る。民族路と成功路の交差点にある老庄大樹伯公祠は、ガジュマルの老樹の下に、広東系住民の祭祀する土地神である伯公を祭祀しているが、道光年間の創建である。
HSU氏のHP『Hsu的部落格』「城里雑記─88. 卓蘭的老樹 (三) 老榕樹 & 街区閑逛」に詳しい。http://tw.myblog.yahoo.com/hsu-042/article?mid=10896


