台湾と福建系華人の虎爺(虎爺の話その2)
─虎爺を巡る民間信仰
(台湾台南市城隍廟とシンガポール厦門街大伯公廟)




    虎は猛獣で、中国でも畏怖と崇拝の対象です。漢語では「老虎」(ラオフー)ですから、名前からして、「老」をつけて尊敬を込めています。

図1..台南市城隍廟の虎爺と祭壇







    虎は神様に帰依して神使いとなることもあります。中国の雲南の大理盆地のことわざに「山神が口を開けなければ、虎は人を噛まない」ともいいます。山神の神使いなのです。台湾でも健康祈願の神である保生大帝の下に、帰依した虎爺さまがおられることが多いです。


図2.  台南市の木彫店の店頭の虎爺(東嶽殿附近)


   虎は山神の使いですが、逆に虎に噛まれて死んだ人は、冥界に入れず、山の中で虎の指図を受けて使役される「倀鬼」(ちょうき)という野鬼になるとされています。


  台湾では虎は、土地神・山神の乗騎でもありますが、こうして神様にお仕えしている虎爺は、村の魔除けとしても崇拝されています。奉納されたい場合は、街の木彫屋でお招き(買うとはいわない)することができます。家に祀るのではなく、あくまでも廟に奉納します。

 




   高佩英氏の『台灣的虎爺信仰』(遠足文化有限公司、2005年・ただし残念ながら絶版)によると、虎爺は財神でもあります。「虎爺が銭を噛んでもってくる」と俗に言います。





   台湾台南市城隍廟の祭卓下の虎爺は、水を入れた小さなお椀が虎爺のそばに置いてあって、そのなかに銭玉があるのですが、自分の銭玉と等価交換して財布に入れると銭玉が増殖するのです。




   「ぜにのたましひ」とも日本語ではいえ銭玉の増殖は、財布の銭玉を全部使うと財を失うという日本の俗信と似ていますね。台南市の木彫店の店頭でみかける奉納用の虎爺は、中国のインゴットである元宝に前足を乗せるものもあります。


   子供たちは身軽で神卓の下に潜り込むことから、虎爺とは相性が良いらしく、虎爺は子供の保護神にもなっています。だから虎爺さまにあやかって、病気がちの子供の義理のお父さんになってもらうこともよくあります。このほか、中国では、樹木や橋に、子供の義理の父扱いとして、名前の一字に「樹」「橋」などを付けたりします。

図3. 台南市東嶽殿の虎爺(本殿内の向かって左の壁際にいます)


  また、「豬頭皮」(漢語:チュートゥピー)といって、頬が腫れて膨張する病気は、虎が猪(漢語ではブタを意味する)を鎮めるので、虎爺を治療祈願にお参りすることもあります。

図4.マレーシア、ムラカ(マラッカ)青雲亭の「五虎将軍」


   シンガポールで、福建南部系のもっとも古い街である厦門街は、、天后宮(天上聖母=媽祖を祀る)や玉皇宮(道教の最高神である玉皇大帝を祀る)や、大伯公廟(漢語:ダーポーコンミャオ・だいはくこうびょう)があります。





    大伯公〈福建南部方言:トウァペックン〉は、地域の土地神です。ここのL字路上の突き出し部分は、直進する気である「沖煞」(漢語:チュンサー・ちゅうさつ)を撥ね返すための石敢當がありますが、その下の洞窟に虎爺がおられます。そのお姿は、まさしく生けるがごとく、吠えるがごとくです。


図5.インドネシア、ジャカルタ華人街(グロドッ地区)金徳院の五虎将軍


   シンガポールの福建人街の虎爺は、「小人」という祟りなす一種の鬼怪をを祓う神様で、小人のなす呪いや祟りで、うかつな失言や失敗が生じるのを防ぎます。こちらの習俗は、広東でもよくみる小人祓いの習俗です。使われる神像呪符も、じつは広東系のものでした。

図6.シンガポール厦門街大伯公廟




   小人の厄災は、広東や香港では、白虎という精怪とともに生じることが多く、転じて大伯公廟では、虎爺によって小人を追い祓う意味となっていることが興味深いです。この白虎を象った「白虎紙」は、じつは金門島東端の村落では、村の五方を鎮護する五営の旗の下に落ちていることがあります。白虎祓いが盛んな土地柄であることがわかります。

図7.金門島の白虎紙

図8.大伯公廟の虎爺



   話しをシンガポール厦門街の福建系住人の行う小人祓いに戻します。




   虎爺の祭祀儀礼の次第は、まず「虎爺紙」という虎を象った紙を用意し、豚の脂も用意します。



   次に紅色の「貴人紙」を用意し、その上に「青馬紙」の切り紙を貼ります。
   

    対して「小人紙」の方は、白い色で、地上の左側に起きます。神の位格である貴人で、鬼怪の位格である小人を克服するという意図です。ちなみに「青馬紙」は、広東系では「緑馬」(広東語:ロッパー)で、これは禄運をもたらす禄馬に掛けています。
  


   「虎爺紙」は虎を描いた紙を用意し、豚の脂も用意します。次に紅色の貴人紙を用意し、その上に青馬の切り紙を貼ります。対して小人紙の方は、白い色で、地上の左側に起きます。


図9.小人祓いに壁面に貼る、貴人紙と青馬

   鶏のたまごとブタの油を、虎爺の前に用意し、ローソクと線香に点火し、地震の姓名と住所を虎爺に告げます。虎爺が小人を駆除し、貴人を招くように求め、平安吉祥を守って、厄災を消すよう頼みます。


   そのあとでおもむろに靴を脱いで、小人紙を身代わりに靴で叩きつづけます。こうして小人を叩き出すのです。

  そのあと、虎爺に燃やし送る金銀紙で自分の身体を上から下に祓い、脇の炉で燃やします。

  そうして、貴人紙と青馬を虎爺の脇の壁に貼ります。たくさん貼ってあります。



   この小人祓いの習俗、広東や香港では、啓蟄の日に行います。白虎と小人を祓うため、虫が頭を出し、白虎が口を開く啓蟄の日が祭祀の日なのです。
   




    白虎が啓蟄なのは、虎は中国では別称「大虫」(漢語:ダーチュン)だから、じつは虹(双頭の龍であったりします)や蛇(長虫)同様、虎は、中国では「虫」のカテゴリーに属すものであったりもするのです。


参考資料:
:高佩英(著) 2005 『台灣的虎爺信仰』:遠足文化出版公司
川野明正2012「〈蟲〉と蠱毒―現代に脈々と伝わる中毒の黒呪術伝承」『人と自然』No.三、人間文化研究機構


図10.シンガポールだから、タイガーバーム出しておきました