ジャカルタコタ旧市街(3)
歴史建築 ジャワ式街屋など
以下、写真は記述順
ジャワ式街屋
華人ショップハウスの様式がジャカルタでもスラバヤでも、コロニアル風にアレンジされて現地の街屋となっている。その特徴はジャワ式桟瓦の屋根両端を、華人の拘る五行説を排除して、欧風の短玉柱で飾ることである。こうした華人由来のショップハウスは、現地で相当の様式化を遂げていたが。、シンガポールの都市計画に騎楼のアイデアを付加して植民地様式として定番化したのが、イギリスの巧妙さだ。オランダ植民地にも定番化の流れがあったのは、都市住宅としての合理性があったためだろう。
旧バタヴィア市庁舎
現ジャカルタ歴史博物館である。1707年にオランダ東インド会社の拠点として立てられた。控えめな円形ドームをもつオランダ建築で、コロニアル的な雰囲気も威厳も感じさせず、本国そのままの様式で、年間を通じて27度の高温の現地では、内部は蒸し暑くてかなわない。しかし市長が居住し、館内には牢獄すらあり、目の前の広場では公開処刑が行われており、その質素さとは相反した統治の在り方であった。
インドネシア中央銀行
1909年に本国で活躍していたエドゥアルド・コイペルス(Eduard Cuypers・1859-1927)らが設計したもので、角塔を掲揚塔の役割でエントランス左右に設けている。ネオ・ゴチック様式といえるが、中央ファザードはオランダらしく立面を明確に切り落とし、上面に一貫して通風口を上面に一貫して通風口を多数開口し、現地の気候に配慮した構成だ。マンサード屋根を組み合わせている。



歴史建築 ジャワ式街屋など
以下、写真は記述順
ジャワ式街屋
華人ショップハウスの様式がジャカルタでもスラバヤでも、コロニアル風にアレンジされて現地の街屋となっている。その特徴はジャワ式桟瓦の屋根両端を、華人の拘る五行説を排除して、欧風の短玉柱で飾ることである。こうした華人由来のショップハウスは、現地で相当の様式化を遂げていたが。、シンガポールの都市計画に騎楼のアイデアを付加して植民地様式として定番化したのが、イギリスの巧妙さだ。オランダ植民地にも定番化の流れがあったのは、都市住宅としての合理性があったためだろう。
旧バタヴィア市庁舎
現ジャカルタ歴史博物館である。1707年にオランダ東インド会社の拠点として立てられた。控えめな円形ドームをもつオランダ建築で、コロニアル的な雰囲気も威厳も感じさせず、本国そのままの様式で、年間を通じて27度の高温の現地では、内部は蒸し暑くてかなわない。しかし市長が居住し、館内には牢獄すらあり、目の前の広場では公開処刑が行われており、その質素さとは相反した統治の在り方であった。
インドネシア中央銀行
1909年に本国で活躍していたエドゥアルド・コイペルス(Eduard Cuypers・1859-1927)らが設計したもので、角塔を掲揚塔の役割でエントランス左右に設けている。ネオ・ゴチック様式といえるが、中央ファザードはオランダらしく立面を明確に切り落とし、上面に一貫して通風口を上面に一貫して通風口を多数開口し、現地の気候に配慮した構成だ。マンサード屋根を組み合わせている。


