本当に有意義に明日を過ごしたいという悲壮な決意を固めたならば、グリーン車に乗ることも許されていいはずだ。


よんどころのない事情によりまして、ただいま人生を見合わせております。


人生は短い。その上そのことを平生故意に忘れているので人生はなおさら短くなる。


ルナール風に。


人はしばしば人生の終焉に際して子供に返る。一つの円輪が簡潔したのだ。


ルナールの『日記』最後の1行は失禁して『にんじん』の頃に帰った自分についての記述です。


長い努力を経てなんとか辻褄を合わせるのが人生だ。別に望んで生まれてきた訳ではないので。


偏向・偏食がなければ個性は形成不可能である。したがって円満とは偽善である。


人間形成とは意図された自己規定のことですから、範囲を限定する過程であるといって差し支えないでしょう。


狂気から何ほどかを創造できるならば、不幸中の幸いというものである。

狂気から混沌しか生み出さないとしたらそれは悲劇である。

もっと目も当てられないのは、狂気から創造に至る才能があると信じて努力している人間の狂気そのものである。これはじつに喜劇的であるといえまいか。