民居をもう一軒紹介します。
この家は街道に沿い東側に大門があり、南に面して影壁、西に母屋が建てられていて、狭い土地を有効活用しています。
窓枠の桟の細かさや亀甲型の造形、梁の飾りの木彫には相当のこだわりが見られます。
柱は大理市のものよりも大きい、円形の重々しい礎石で支えられています。大理市の民居のような
白壁は少なく、装飾の書画は少ないのですが、木彫に見るべきものがある民居が多いです。
明代の1383年全国七つの塩課提挙司が置かれた中で、雲南はその四があり、諾鄧には五井塩課提挙司が置かれました。1393年には上五井巡検司が置かれ、中央から派遣された官僚が赴任します。
福建省出身の黄孟通が1466年五井塩課堤挙司の職に赴任し、9年在任途中で故郷に帰るのですが、
その四人の子供はこの地に残され、父の職責を全うします。代々科挙の合格して官僚になるものが多く、
清代の乾隆年間に、かつての堤挙司衙門(役所)の土地に合格者を記念するべく「題名坊」を建てました。
代々官職を頂く名誉ある家系とのことで「世大夫第」と、誇らしげに大書しています。
東山も民居が密集しています。
麓の塩局は大規模な製塩事業所です。
かまどの炊き口が土壁の下の台基に作られています。
雲南には禄豊県の黒井など、塩井で繁栄した古鎮があり、いずれ探訪してみるつもりです。
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