三崇本主廟の神像


廟堂はかつてさまざまな廟がありましたが、今残っているのは村の名族の黄氏の祠堂、万寿宮、龍王廟などがあります。


万寿宮は、元代にすでに廟があり、のちに清代の嘉慶年間に再建されています。平屋の小さい廟ですが、なかに「重修万寿宮記」が修められ、当時のすでに破れ果てた荒れ廟であったのを立て直した旨を記します。万寿宮は、江西商人が奉じる廟で、元代以来、万寿宮があったとすると、この地に江西人の集会所である江西会館として、この地の移民史の一端を窺い知ることができます。


龍王廟は塩井を守る龍王で塩泉龍王というところが特徴です。中国は水のあるところ龍王がいますが、たとえば村の井戸には井泉龍王がいて、正月の若水汲みには、井戸端で線香を捧げるのがペー族の習慣です。


ですから塩水の龍王がいるのも当然で、そもそも海の龍王である東海龍王などは、塩水のなかにいるのですから、海にも通じた龍王であるかもしれません。


諾鄧村は、二百五戸、九百人余りの人口ですが、そのうち黄姓と楊姓が多数を占めます。一部字姓があり、これは雲龍県にも多い山地民族のイ族と思われます。両氏とも登記はペー族で、村内の言語もペー族語ですが、黄姓は外来の漢人官僚の末裔です。


この村がペー族らしい信仰を遺していることは、たとえば日本の道祖神のような山神の石像が祠に収めてあり、また、本主というペー族の村神信仰を強く遺していることからもうかがれます。山神は漢族の村では見ない丸顔の、笑みをたたえた独特の表情です。村神である本主の廟は、三崇神という、雲龍県のほとんどの村で祀られている神です。


この神は明代に、麓川、つまり今の徳宏タイ族自治州隴川県のタイ族統治者の反乱を三度出征して鎮めた兵部尚書王驥を祀ったもので、漢族の入植者にとっては雲南に名を残した漢人でもあります。また、県内では行軍中、羊の肉のスープの中に敵が入れた毒に当たって死ぬという非業の死を遂げた英雄として祭祀されていますが、史実とは異なります。むしろ、鶏足建国皇帝とも称されるように、大理盆地の東側の仏教の聖地、鶏足山に関わる神が、この地にも根付いた信仰とも考えられます。