大理の民居(1)


大理古城の民居は、漢族移民が多いこの街にあって、周囲の農村に住むペー族(白族と表記)と同じ様式の民居です。


だからここに書くことは、大理地方に住むペー族も漢族もほぼ共通しています。


母屋を中心にコの字型、あるいはロの字型に家屋を組み合わせた囲み屋形式で、中庭の広い空間を生かした三合院、四合院と呼ばれる様式が多いです。 周囲の村にはイスラーム教徒であるホイ族(回族と表記)も多いのですが、彼らもペー族様式の民居で、沐浴室があり、装飾が質素で、イスラーム式のアラビア装飾文字で母屋中央の部屋を飾るなどの違いはありますが、ほぼ同じです。


大理の民居は、 門構えの立派さを誇るものが多く、四方に反り建つ飛檐が誇らしげです。家の中心上ではなく、東南角(巽)の方向など、隅に門を置くのは、北京の伝統住居の四合院と似ています。


門扉の両側の漆喰にも花鳥を描いたり、古今の詩句を書き付けます。 門をくぐると、直接家屋に出ることはなく、悪い気を防ぐための衝立があり、ここに「福」などの字や、それぞれの家のモットーである致家格言を書き付けたものが多いです。


たとえば、楊という家だと、「清白伝家」の四文字など、家の姓ごとに書き付ける文字が決まっていて、表札代わりになります。


母屋は家の公的な空間としての意味があり、中央の中堂は、一番大事な部屋です。一般に6枚の門扉を連ねて、門扉のそれぞれに吉祥図案と花鳥風月をちりばめた木彫を施します。


これは近くの県の剣川の職人に優れた腕を持つ者が多いとされています。 内部には、まず中堂先祖を祀り、家を守る神として、観音菩薩、財産繁栄の神である財神を祭祀する家が多いです。家の公的な空間ですので、ここに「中堂」(つまり部屋の名前と同じ)と呼ばれる寿老人、鹿、鶴などを描いた紅布の刺繍を掲げ、左右にその家を言祝ぐめでたい対句を同じく紅紙、紅布で掲げます。


この部屋には、先祖の位牌や、遺像のほか、家を守る観音菩薩像、財産繁栄の神である財神菩薩などの神像も祭祀します。


葬儀や婚礼もこの場でおこなわれます。


母屋中央向かって左側が老輩の居住する部屋です。


家屋はすべて二階屋で、黒瓦に白壁づくりです。壁の四隅は石板で飾ります。屋根の下部を幾何学模様や帯状の吉祥文様で飾り、軒下の壁面も、花鳥風月画と詩句を帯状に書き付けて飾りとするのが、外部の者にはかなり過剰な装飾といえます。


軒を支える柱と、門扉の左右には、かならず吉祥の対句を紅紙で記した対聯が貼られます(喪中は白紙で服喪の意を表します)。この対句は自作のものが多く、正月で年が明けると、隣近所ともに門に貼られた対句をあれこれ鑑賞しますので、おろそかにはできません。文句と筆さばきともに鑑賞の対象です。


雲南という中国の辺境にあって、大理地方の民居は、内地の漢族以上に漢族的な文化表現に固執しています。その表現はきわめて過剰ともいえます。辺境ならではの漢文化へのこだわりが、漢族、ペー族通じてみられることは興味深い現象です。これらの民族は科挙を通じて一族繁栄を目指すこともあり、漢文化を身につけることに執着があるのだと思います。つまり、家の随所にわたって、住む人の教養が主張されてしまうのです。 大理民居の過剰な装飾は、そのような辺境での漢文化の在り方を典型的に示しているといえます。