大理古城人民路
大理古城人民路
私の住んでいる大理古城は、古城といっても、観光開発が進み、いまではほとんど昔の名残をとどめない場所が多くなりました。街の真ん中にある五華楼は、かつての行政署媽が置かれていたはずですが、中華民国時代の写真と見比べると全然似ても似つかない代物です。
いまはかつてあった武廟も、いま大規模に再建しています。これは関羽を関聖帝君として祭祀し、ほかにも張飛、岳飛といった歴代の武人を祭祀した廟で、かつて辺境防衛のために移住した漢族軍人の末裔の多いこの街では、城市の守護神である城隍とともに大事な神ですが、その復興も、大げさな形でうつろな祭祀施設ができるに違いありません(横浜中華街にかつてなかった天妃廟が建ったのと同じく)。
それでも街の中央を東西に貫く人民路は、伝統的民居がうだつを連ねて建ち並ぶ古街の風格をとどめています。このほか、護国路の一部、北門近くの商店街の一部など、ところどころにその手のスポットはまだあります。
人民路の西側は、護国路についで、外国人バックパッカーのたまり場のカフェ街として開けており、古い建物のなかに、ピザやらアイスコーヒーやらの欧風の飲食を売るカフェが、はでな装飾と看板を色とりどりに自己主張していますが、新旧渾然としたカフェ街も、一応この街が本家本元ですから、すでに大理の欠かせない面貌となっています。
ここから東側に下り、現地の人の食材をみたす市場を過ぎると、だんだんと古色の滲んだ街並みになります。
家屋はひしゃげています。中華民国期に大地震があった名残でもあります。
ベンガラ塗りの木造建築は2階建てで、軒の上や屋根の上には、朝顔が満開で、サボテンですらもよく見受けられます。
ここには18世紀後半に建てられたカトリック教会や、かつての西雲書院という学校であった大理第1中学校などがあり、この街の歴史を語るに欠かせない通りなのです。
またイスラーム教徒のホイ族(回族)の経営する食堂では、雲南名物のビーフジャーキーが、店先に吊されています。この街では漢族もペー族も、牛肉料理が大好きです。
そんな静かな通りに、隠れ家のようにビルマ人経営のカレー屋があったり、ベルギー人のご主人が焼く、ワッフル屋があったりして、思わぬ発見もうれしい街です。この街のどこかに、日本人の女性が開いている雑貨屋さんがあるはずですが、じつはまだ見つけられていません。ほんとうにひっそりと街に溶け込んで商売をされているのでしょう。