鬼卒の渡河(原題「鬼卒渡渓)南宋・洪邁『夷堅志』丁志巻第十九


宋の高宗の御代である紹興某年、新城県某地の郷村の渡し場で、ある月夜の晩、一人の漁師が舟を繋いで休もうとしたその時、対岸から舟を呼ぶ声が聞こえた。


舟を対岸に向けると、二十人余りの兵士たちである。肌には入れ墨、手には刀を持っている。向こうの村を守る兵隊だと思って気にせず、対岸に渡した。


渡し賃を取り出して漁師に渡して、礼を言って立ち去った。


漁師はとても喜んだ。兵隊が河を渡るのに、渡し賃を渡されたことがなかったからである。


次の日、漁師がそれらの銭を見ると、紙銭であって、昨晩の兵士の一隊が、じつは鬼卒であったことがわかった。


解説
渡されたお金が死者や神を祭祀するために使う冥界のお金の紙銭であったという話は、現代でも火葬場や墓場まで客を乗せたタクシー運転手の怪談などに語られています。鬼卒は冥界の兵隊で、戦死者の霊が冥界に収容されてなったりします。地上に出現する場合、かつて戦場であった場所などが多いですが、この場合どういう理由で行軍していたかはわかりません。