私の家が昔盛んだったとき、やはり仙が倉庫を守っていて、米囲いごとに、雑色豆を播いて、もしも米を盗もうとする者があれば、手の跡がはっきり残る。翌日、米を盗んだ者は自らやってきて跪いて白状する。大抵は家中の下僕である。あるいは、外から来た泥棒で、塀の際をぐるぐる回って、去ることができず、朝になれば皆に捕縛されるところとなる。
左隣の張氏は、除夜に水餃子を煮たが、芋を洗うような沸騰した湯の中から、餃子がすくい取られてなくなってしまった。ところが私の家の水餃子は、いつもの倍の量になる。調べると、張氏の物である。なんで我が家の釜に投ぜられたかわからない。この類の出来事は大変多く、張氏はのちに没落して、引っ越していってしまった。
また(天津)城中の朱氏は、隣が味噌売りであった。厨房の塩豉(塩納豆)や醯酱(酢味噌)などの物はいつも使い尽くすことはなかった。皆仙が隣家から密かに取ってくるのである。その衰えるのに際しては、食べなくともみずからなくなるのであって、その失うところは、その得たところよりも多く、ああ、いったいどうしたことであろう。
これらは皆仙の力によるのである。私の伯高祖(曽祖父の父の兄)恵遠公は、囲の糧秣をすべて郷隣の人々に分け与えたが、それはその儲けを貪ることなく、他日の消耗が酷いことを恐れたからだろう。