大雄山最乗寺観桜記




伊豆箱根鉄道大雄山線に乗る



前夜の交通事故遭遇で、多少の衝撃を受けましたが、翌日は母校の研究室の春旅行に誘われていて、いかないわけにはいきません。



忙しいのですが、この際精神のリフレッシュを図る方が大事です。


旅先は小田原で、前日湯河原に泊まっていた研究室のみなさんと合流の予定です。


しかしながらさすがに昨夜の交通事故の悪夢のような光景と、けが人のうめき声が耳に残って、先々日整備しておいた愛車を車庫から出すことがためらわれます。


愛車、プリンセス号(ムーク社のトキオプリンセス)は、希少車なので、一応自動車産業遺産として動態保存の「義務」があるのです。


そこで電車でいくことにしました。


早めに行って、伊豆箱根鉄道の大雄山線に乗って、大雄山最乗寺にいって、千年古木の杉林に身を置きたいということと、ここなら桜が綺麗だろうなと漠然と考えました。



小田原駅から大雄山駅まで、わずか約10㎞、約20分の旅です。


電車は昭和59年から新型の5000系が走っていて、1次車1編成以外はステンレス車です。




銀色に青帯。ぐんぐん走るという感じですが、駅間が短く、あまりスピードが出ないところがいいです。


いかにも地方都市の郊外といった田園+新興住宅地のなかを電車ははしります。たったの3両編成、短いホーム、やたらと多い急カーブ、その長閑な雰囲気が好ましいです。
ホームの駅名表示など、大変控えめな字体でいかにも手作りといった造作でした。



大雄山線のマスコット コデ165



鉄道マニアな私です。今の職場に決まったとき、いちばんうれしかったのは、今日でも残る吊り掛けモーター車の旧型電車に乗ることが出来るということでした。その一編成が走ってくると、重々しいモーターのサウンドに感動して、しばしチョークを走らせる手が止まるのでした。


コデ165は、電気機関車代わりに大雄山線の終点駅の車庫に留置されている電車で、いまやレール運搬や貨物車の試運転の牽引くらいにしか使われません。




コデとは、「工事電車」の略称です(「糀電車」と誤変換すると、なんだか「花電車」みたいです)。
モハ165は、もともと旧型国電モハ30形で、相模鉄道で使われたモハ2024が伊豆箱根鉄道に譲渡されたものです。



かつて大雄山線は旧型国電の宝庫で、私も高校生のときにはカメラをもってときどき訪れていました。

張り上げ屋根が旧型国電らしくないのですが、色といい、形といい、相模鉄道の工事電車そっくりです。カラシ色の車体がいい味だしています。




大雄山最乗寺の杉木立と桜花




大雄山最乗寺は、鶴見の総持寺に次ぐ曹洞宗の古刹です。
応永元年(1394)、了庵慧明によって開山。



最乗寺へは終点から乗り換えて山道を走ること約10分。立派な杉並木のもとで伸びゆく石段が連なります。杉の大木の苔むした幹に囲まれて、山門が建っています。瑠璃門を潜ると、正面が書院、右手が庫裡。左側山上に本堂があります。


「天狗の小径」と呼ばれる遊歩道をぶらぶら下り、杉ばかりを写真に収めます。


杉の幹の陰翳、




枯れた杉の木片、



苔むした地面に浮かぶ草の蔭、




杉林に浮かび上がる山桜、




などを写真に収め、仁王門まで下ると見事な木蓮としだれ桜が咲き乱れていました。





これを観ればもう今日一日は足るといった見事さでした。



それにしても桜がこんなにも美しいのはなぜでしょう。




それは桜の花が咲く頃が、ちょうど来る者は来たりて、逝く者は逝くという、厳粛なる節目の時節に当たるからです。


この世に意気揚々と勇躍来たる者の息吹が桜の花びらを吹き動かし、かつまたこの世を逝き去る者たちの未練と怨情が、またもや花びらを揺さぶり、生死の境に吹かれ揺られて、桜の花びらは人の世の情念に翻弄され、はらはらと散りゆくのでした。




駅まで歩いてもどり、河川敷の菜の花の眺めを楽しみ、電車に乗って小田原に戻ります。



小田原城でも桜を見物。



そのあと駅前デパート7階の喫茶ライオンで、研究室のみなさんと出会い、黒ビールで乾杯し、歓談していました。それにしてもこの研究室の中国人留学生の女の子たちの元気さは素晴らしいです。なんだかはじけちゃっています。カラカラ笑います。この明るさが、日中の明るい未来を拓いてくれるのではないかと考えすぎてしまう位です。



ところで、ここでは何時間粘ろうと大丈夫です。なぜならば「小田原評定」という言葉があるくらいですから(←けっきょくこんなベタなオチで今日の記事はおしまい)。