仙台に仕事に行き、2月5日に仙台に行き、2月8日夜帰りました。
市内で2泊。その後秋保温泉に行きました。
無性に「知らない街を歩いてみたい」、願望が生じて来たのです。
うらぶれた歓迎の看板ですねえ
秋保温泉はいまでは宮城交通バスで1時間でつきます。仙台郊外の歓楽街といってよいでしょう。
秋保温泉郷
この日は山菜荘というとても庶民的な旅館に泊まりました。四階建ての大旅館ですが、明るい女将さんが出迎えてくれます。そして、カウンターの奥にはご当地の福の神様、仙台四郎さんが和服姿でにこにこ笑って正座して出迎えてくれます。はじめて見る仙台四郎さん、感激です(仙台四郎さんについては後々ブログ記事にする予定です)。
山菜荘
山菜荘は大浴場、牛乳風呂、男女別風呂があります。男女別風呂と断っているところから、消去法で考えてみても大浴場は混浴です。事実混浴なのですが、まあ、江戸時代から明治期までは日本人は浴衣を着たまま風呂浴びをしていたわけで、そんなに変な風習でもないと思うのですが、作家の郁達夫など、多くの戦前の来日留学生が驚いた習俗でもあります。儒教文化に規制されないおおらかさというものがあるわけです。お湯はしっとり高めの温度で体の芯から温まります。風呂場回りのすえた匂いが、とても切ない良い感じです。大浴場でひとしきり泳ぎました。
宿の食事は部屋まで持ってきてくれました。清潔感ある静かな和室で、ヒーターを低めの温度にして、東北の冬の清冽な空気を楽しみます。冷たい空気のなかで、ちびりちびりと持参の黒糖焼酎を嘗め、料理を味わいます。寒ブリのお刺身がおいしいなあ(←この文体は我が職場の主任、剣道の豪傑O先生のエッセイの真似です・笑)。
1月から2月にかけては定期試験と成績づけ、後輩の博士論文の審査会やら、学生さんの卒論の評価やら、入学試験の監督業務まで、結構目一杯の日々でした。ようやくここへ来て一段落、一人で祝杯をあげて慰労会であります。そこで一人で呑みながら、頭に浮かぶ想念をそのままに書き留めると、こんな感想になります。
最近の連日の忙しさにもかかわらず、毎日パソコンに齧りつくように必死でブログの連載記事を書いていた私は、どうしてこんなに自分が生きた痕跡を残すことに血道をあげているのか、思えば自分でも首をかしげるくらいに、日々に切なさを感じていることがわかります。
これは「一日一日を大切に」という教訓的な考え方とは全然違うのです。まったく不思議といえば不思議な執念です。一言でいえば、「明日出来ることは明日やる」あるいは我が職場の愛すべき法学のK先生が御自身の結婚式でいみじくも「今日できることは明日やる」と宣言されたように、そのほうが人生に余裕があることは重々わかっているのですが、じっさい今日寝てしまえば、明日目が覚めずに人生が終わってしまうのを恐れる気持ちが強くあります。
「明日がある」という歌がありましたが、むしろ私は断固として「明日はない」と思い込んでいる人間で、そんな他人目から見てまったく馬鹿馬鹿しく思えるであろう強迫観念じみた思想に強くとらわれて、まったく未練がましい生き方をしているわけなのです。ブログが一応長続きしているのも、「明日がない」場合にそなえての自分の遺言を書いているということに等しいのだ、と思い至ります。
この前沖縄出張の折に、すっかり泡盛で酔っぱらって、無意識的にブログに遺言を書きつけてアップロードしてしまい、学校に出てきてそれを読んだドイツ語のA先生に出くわし、一瞬「エッ」というようななんともへんな空気(悪い空気ではありませんでしたけれども)が生じてしまったこともありました。
先日も職場の生物化学の先生に『荘子』の一エピソードについて問われて、なんとか思い出してお答えしたのですが、考えてみれば高校時代にあれほど夢中になって読んだこの素晴らしい書物も、大学三年以降はまったくひもとくこともありません。これはひとえに読めば救われてしまうからで、『老子』とか『仏陀の言葉』とか、わざと六十過ぎまで未練がましく俗に生きるべく封印している書物が幾つかあることも思い出し、自分自身の依怙地な性格を改めて認めるのでした。一言で言えば、これは「我が身が可愛い」からで、その点で、生き方が狷介といえるくらい極端なのではないかと感じています。
と、ここまで書いて、今日は十一時で寝てしまうのですが、明日も朝四時に起きて書き物をすべく、よせばいいのにしっかりとアラームをセットしている自分にあきれる思いもし、憐憫すら感じてしまうのです。本当に馬鹿ではないかと思います。そうしてまたもや自虐的な気持ちになり、しかしながら、総じてこのような気持ちを少しばかり高尚な言葉で表現すれば、「生の悲劇的感情」(スペインの哲学者、ミゲル・デ・ウナムーノの書物の題名)であると言いたい気持ちも出てきてさらに抗弁し、つまるところふてくされて布団に潜り込み、エビのように壁に背を向けて丸まり、すっかりあきらめるのでありました。
しまった! 後味が悪いぞ。
それでは皆さんお休みなさい。また朝日が昇るまで。


