この記事は2004年の8月に、雲南大学中日比較民族研究センター主催で行われた日中比較民俗シンポジウムに参加した際の旅をまとめたものです。8月15日から19日までの旅程でした。


この旅は、ミャンマーを流れるサルウィン河上流部、中国名怒江を北上する旅で、雲南省怒江リス族自治州の州都、六庫鎮でのシンポジウムのあと、怒江沿岸の渓谷づたいにひたすら車を走らせました。日本側参加者は20人近くいたと思います。あとは中国側研究者が参加したほか、雲南大学関係者、怒江リス族自治州政府の職員の方の手厚いお世話を頂きました。


はじめに─怒江リス族自治州と三江併流地域


三江併流地域


雲南=チベット省境地帯は、中国のチベット高原に源を有する三つの川、金沙江(長江上流部)、瀾滄江(メコン川上流部)、怒江(サルウィン川上流部)があり、チベット高原から雲南省北部の迪慶(ディーチン)蔵族自治州及び怒江リス族自治州を横断して平行に流れています。 この地域は、三江併流(さんこうへいりゅう)と呼ばれ、1,698,400haに及ぶ広大な地域があり、14の保護区が含まれます。動植物層が豊かで、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されています。


概要をデータで示しますと

動物=世界の動物の内25%(中国国内においては50%)の個体が存在。791種、内198種は中国固有種、80種は政府の絶滅危惧種に登録。
植物=約6000種が確認されており、内2700種は中国固有種。33種が国家レベルで保護。
民族=16の少数民族(チベット族、ナシ族、リス族、イ族、ヌー族、トールン族など)計300万人が住む。

ということになります。


なお、怒江の西は高黎貢山を隔てて独龍河(イラワディ河上流部一支流)も流れているので、この地域はその意味ではじつは「四江併流」地域といってもいいのです。
 
三江併流地域は、ヒマラヤ山脈の東端に位置し、インド亜大陸とユーラシア大陸の衝突によって生まれた巨大な褶曲地帯です。このチベット=雲南にまたがる山脈を「横断山脈」と呼んでいます。

金沙江(長江上流部)、瀾滄江(メコン川上流部)、怒江(サルウィン川上流部)の三つの河は、ヒマラヤ山脈東端部をチベット=雲南に縦走する横断山脈の激しい起伏が織りなす険しい雪山に互いに隔てられています。


金沙江(徳欽チベット族自治州奔子欄・海抜2000m)


たとえば、
金沙江と瀾滄江のあいだ=雲嶺山脈(最高地点は玉龍雪山で5596m)
瀾滄江と怒江のあいだ=怒山山脈(最高地点は梅里雪山主峰6740m)
怒江と独龍江のあいだ=高黎貢山(最高地点5128m )
さらに独龍渓谷の西部は担当力卡(タンタリカ)山で、主峰4140mを隔ててミャンマー側と接しています。


怒江渓谷にも勢力を持った葉枝土司の根拠地、葉枝鎮(瀾滄江河岸)


このように、横断山脈中の各山脈の稜線は互い交差せず、瀾滄江渓谷、怒江渓谷、独龍渓谷など、深く連綿と細長い峡谷地帯をつくりあげているわけです。瀾滄江と最短距離では、瀾滄江と金沙江は66キロ、瀾滄江と怒江はわずか19キロしか隔てておらず、これを歩行や騎馬によるほか、横断することは極めて困難で、これらの峡谷地帯は互いに独立しているのです。たとえば、怒江渓谷と独龍渓谷は、90年代半ばにようやく自動車道路が開通し、郷政府レベルで最後に自動車の通れる道路が開通した地域なのです。


雲南省の地形からいえば、三江併流地域は、まるで扇の要のように、山脈と渓谷が併走し、瀾滄江でいえば、海抜2000mから一気にくだって、広がる扇の端の部分、たとえば、南部のシップソンパンナー地区(西双版納タイ族自治州)では海抜わずか500mとなります。瀾滄江や怒江はこのような高低差からみても、中国有数の急流であることがわかります。


  保山~大理道路近辺の瀾滄江


.怒江渓谷


怒江渓谷は主に怒江リス族自治州に展開する渓谷です。東には怒山(梅里雪山=主峰6740m、碧羅雪山=4000m級)の山系を隔てて瀾滄江と併流し、西は高黎貢山山脈(主峰5128m)を隔てて独龍江(イラワディ河)の流れる独龍渓谷やビルマ北部(ミッチナー)などと境を接しています。


怒江リス族自治州の州都である六庫鎭近辺では、怒江の河床の海抜はわずか800mで、亜熱帯気候に属しています。その両側につづく切り立った山脈は平地などほとんどなく、怒江リス族自治州は80%が斜面です。山腹の急斜面を点々とリス族・ヌー族・チベット族・ペー族などの少数民族の村落が点在しています。村々は海抜800mから1500m位のあいだに位置しています。


気候の特徴としては、夏が長く、冬がない。一年に三つの季節しかなく、二月から四月中旬までが春季、約七十五日。四月中旬から九月下旬までが夏季、約一百九十日。九月下旬から翌年の二月初旬までが秋季であり、おおよそ百日である。年平均気温は15.1℃である(蕭迎主編『雲南民族村寨調査:リス族──瀘水上江郷百花嶺村』 昆明:雲南大学出版社、2001年:14-15頁)。


怒江渓谷に住む民族はいずれも広い意味でのチベット系民族です。かつて中国の西北高原から移動してきた歴史があり、彼らは平地には居住せず山地での生活を好みます。


なお、かつてビルマルートを遮断すべくビルマから雲南に進出した日本軍は、怒江の東岸まで進出しており、大戦末期、拉孟(松山)、騰越の二個所で玉砕戦となっています。怒江リス自治州でも虐殺など日本軍の被害にあった村も多く、戦禍を被った歴史があります。