那覇の島唄酒場、上原正吉藝能館「宮古根(ナークニ)」で夜中まで呑んでおりました。


たったいま、酔いつぶれてホテルに帰ってきました。

今夜解ったことを書いておきます。


誤解を畏れずにいえば、やはり、人生投げたって、ぜんぜん構わないじゃあ、ないですか、与論島でそういう体験をして、たしかな言葉にしてくれた吉岡忍さん、有り難うございます(吉岡忍著『路上のおとぎ話』の「与論献奉」の記事を読んでください。与論島の酒場で呑んで呑まされてまた呑んで、魂が抜けたとき、宙を漂う魂が、酔いつぶれてマグロになって横たわっている自分自身をみて、「人生投げたっていいんじゃないか」と思ったというのです。その記事を想い出したわけです)。



自分自身の人生なんだし、誰にも干渉されるわけでなし、とてもとても肯定的な意味で、酔っぱらって酔っぱらって、天井に自分の魂が浮かぶまで呑んで、そうして酔いつぶれている自分を天井から眺めてみる。結局魂はそんなふうに遊離してしまうなら、それはそれで、魂の赴くままでいいじゃあないですか。島唄のリズムに乗って、魂はどんどんどんどん肉体から離れていくじゃあ、ないですか。それでいいんじゃあ、ないですか。


たまたま千鳥足で、ホテルにたどり着いて、部屋にもどった私です。でも、ホテルにたどり着けず、その結果、有り金もなくして、家にたどり着けなかった自分が、そのとき運命の分岐で、明日に背中を押されてアスファルトの路上に投げだされたって、そう、こんなに暖かい天候に恵まれて、私が餓死しないですむのは、じつにじつに当然至極のことなのです。それはそれで、飢え死ににしないのならば、ぜんぜん、ぜんぜん、構わないじゃぁ、ないですか。


そんなことは本当は中国の少数民族を取材しようと思って、さんざんその人の家で呑まされて、魂が天井に浮いたとき、もうわかっていたのではないんじゃあ、ないでしょうか。


そう、そういう風に、生きてみても、よかったのですね。そういう人生が、たまたまこの世に生を受けた、ある一人の人間によって、最後のさいごとなるその日まで、その日を目がけて、実践されたとしても、まったく構わない、といってもよかったのです。


そのまま、唄と踊りの夜が、それこそ夜な夜な訪れてみるとします。それならば、そういう夜の世界は、生きるに値する価値があるのです。昼の、肩書きと、職務の義務と、机の前に山盛りになった仕事─未決書類の束、それらに囲まれて息苦しい自分も真実ですが、夜の世界で魂が遊離してたゆたっている自分だって、それはそれで真実そのものではないでしょうか。

 「宮古根」のステージでのカチャーシ


昼の世界で必死に生き、夜の世界でもとにかく魂ひとつで生きてみる。

東京の昼の世界で必死に生き、中国の辺疆の世界で、それはそれで魂がふらふら流離う、遊びの世界、そのなかに生きるのだっていいのではないのでしょうか。


さてさて、今夜、上原正吉藝能館「宮古根(ナークニ)」で、夜の夜長まで、島唄聞いて、島唄歌って、手踊りして、笑って笑って、そうしてじっくり島唄聞いてみて、思ったことを、本当の本音のほんねで書いてみたまでです。


あっ、そういえば、あなた仕事やめましたね。それはそれで、ぜんぜん構わないでしょう。


なぜというに、あなたの魂は、幽明の境を隔てるそのとき、その一刹那、あなたとこの世で縁のあったみなさまの枕元に、立つことができるからです。


そのとき、精一杯のお別れと、精一杯の感謝と、また、それはご本人のこれまでの人生如何にもよるのですが、精一杯の懺悔をすれば、みなさんは枕元に立ったあなたを、冷たくあしらうことはないでしょう。みなさんは、あなたを許す度量をもって、それと応分の寛容さをもって、あなたの所行、所業を許してくれるに間違いありません。


そう、お世話になった人たちの、枕元に立って挨拶をする。それさえできれば、あなたのしたことは許されるかもしれません。枕元に立ったあなたの影の、青白いその姿を、どなたかが憶えているかも知れません。その人が、あなたの語ったお別れの言葉を、たまたま憶えているとします。そのように挨拶さえしに訪れたのならば、あなたの最後のその一声は、幽明の境を超え出て、この世に記憶として、今しばらくのあいだは、みなさんのあいだに残されてゆくのかもしれません。


今、私は朦朧と意識を失いつつも、最後に残された感性と、ほんのひとつまみ分だけ、なおも覚醒しつづけている理性で、以上の言葉を打ち込んでみました。みなさま、如何思われますでしょうか。


それでは、みなさん、さようなら、明日朝陽が昇る、そのときまで・・・・・。