書評:稲垣尚友『吐火羅国─針の穴から世界をのぞく』
東京・八重岳書房、1976年
本書は九州と奄美大島とのあいだに14の島が並ぶトカ
ラ列島について、その一つ平島に長年住み込んだ著者
が、離島暮らしについての詳細な観察と執拗な思考を
つづけた記録です。
北から口之島・中之島 ・臥蛇島・(無人島・1970年
政単位は十島村です。この役場はどこにあるかという
と、島々のどこにもなく、鹿児島市にあり、連絡手段
は村営十島丸が四日おきにやってきて外来物資と人の
移動はすべて船に頼っています。
南の島に憧れ、移住した著者は、妻をも呼び平島に移
住します。
余所者ならではの冷静な眼で絶海の島々を観察した記
録です。著者が離島に観察者として入り込んでいるの
は、隔絶した離島のなかで営まれる人々の生活から
「裸の人間」、良きにつけ悪しきにつけ、ありのまま
の、飾りのない、人間のありのままの姿を知りたいと
いう、人間認識の動機からです。
吐火羅国とは『日本書紀』に記載されている地名です。
島建ての神の伝承があり、島の山に神を祀る御嶽があ
り、人間が立ち入ってはならない聖の領域が「神ヤマ
」として残され、手狭な離島に額を寄せ合って生きて
いる島民たちが、絶対平等の「マグミ」という共同労
働の社会慣行を守って生きています。浜の寄木一つで
も、だれか一人だけが得をしてはいけないという不文
律があり、島の総代のもとに、祭祀を司る神女ネーシ
たちや、神役たちもおり、これをもって著者はトカラ
の島々の一つ一つが、離島であるがゆえの「国」であ
ると看破しているのです。
いくつか興味をもったトピックがあります。以下は読
書の際にとった備忘録です。
「民間信仰とその衰退」
中之島の旧港に神石があります。よく港の入り口に立
つ海の神様の寄り石、つまり立神岩であると思われま
す。この近海は「七島灘」と呼ばれる航海の難所です。
かつて年貢船が出た後、御幣を貼ったこの岩に、太夫
(神役)とネーシ(神女)が神楽をあげたそうです。ところ
が、防潮工事のために泥をかぶり、人も近寄れない状
態になってます。
必要があれば神様を造るが、生活の足しにならないと、
いつの間にかお払い箱にしてしまうという民間信仰の
ダイナミズムがあることがわかります(60頁)。
小宝島の神社では、十柱の神々が合祀され、同一規格
の神棚に神々が鎮座し、コンクリート造りの神様の団
地をつくって、祭祀の省力化が各島に四十年代以降急
速に広まっています。
島から島民が引きあげた際の祭祀の問題は深刻です。
平島の隣、臥蛇島はがその島に当たります。有人島か
ら無人島になるということは、島民が外地に移住すれ
ば済むという話ではもちろんありません。
先祖代々生きてきた父祖の地との関係は絶ちがたく、
とくに聖なるものとの関係性を処理しなければなりま
せん。そして実際そのような関係性は、断ち切ること
は不可能なのです。
島民は移住に先立って島の神々を一個所に合祠したそ
うで、立派な石塔、コンクリート造りの鳥居を造りあ
げています。
ところが、神々がきっと喜んでくれると考えていた総
代の期待を裏切り、なんと神は総代の顔を腫れあがら
せるという神罰を与えたのでした。
島に不在となったネーシ(神女)の代わりに、総代は鹿
児島市まででむいて中之島出身のネーシに会い、お告
げを聞きます。
「八幡様をはじめ神々がアリアリとあらわれ(中略)
下のカワ(湧水)の水神様をそのままにしている」
ことから歯痛が生じたというのです(73頁)。
総代は島立ての神を祭祀する責任があり、すべての
神様を置き去りにして移住する際、その神罰は総代
が引き受けると考えられているのです。
事実、総代は水神様も祭らず、島の最高峰の御嶽(515
m)にあるオタケの神も祭っておらず、合祀するのを省
いていました。「何でも、おまえの体には、島中の神
様がしがみついちょる」と、平島のネーシも電話で告
げたそうで、島を捨てる罪はすべて総代が担うことに
なるのでした(76頁)。
(次回につづく・全3回)