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埼玉県は県土が狭いにも関わらず、全国一の市の数40市を数える県である。
恐らくはケンミンの方でも全て挙げることは難しいのではないかと思われる。
かつて埼玉県に住んだことがある小生であるが、その時に通勤で通っていた鉄道路線の沿線の市名と、春日部とか所沢、熊谷とかの良く知られる市名は言えるが、沿線を外れたところの市名は何とも分からなかったものである。
埼玉県は人口も多い。全国で5位である。
多くの勤め人が、朝同じような時間に東京行きの電車に乗る。
カバンを離しても下に落ちないほどの混雑状況に最初は驚いたが、そのうちに慣れた。
しかし電車の乗り方に工夫をし、少しは混雑緩和された電車にて通勤できたとの思い出もある。
全国5位の埼玉であるが、身近にある埼玉県は、多くは無い。
少ない中の一つ、先ずはせんべいのルーツでもある「草加せんべい」である。
草加というところは日光街道の2番目の宿場町である。
草加宿の近隣の農家では、かつてより蒸したうるち米をつぶして丸め、干したものに塩をまぶして焼き、保存食として、また間食として食べていた。
草加宿が宿場町として人の往来が賑やかになると、この煎餅が往来する人々に販売提供され、商品として成立したのが草加せんべいの始まりである。
その後、近場の千葉県野田市にて醸造された醤油で味付けするようになり、現在の草加煎餅の原型となったとされている。
そして、江戸に伝えられるとともに、江戸から各地に広まって行ったものと考えられる。
このせんべいの始まりには異説の逸話がある。
「おせんさん」の逸話である。
おせんさんという女性が草加宿の街道で旅人相手の茶屋で団子を売っていた。
日によって団子は売れ残ってしまうこともあり、この団子を捨ててしまうのはもったいないと悩んでいた。
ある日茶屋の前を通りかかった侍から「団子を平につぶして天日で乾かし、焼き餅として売るのがよかろう」とアドバイスを貰ったことがあった。
おせんさんが早速焼き餅を作って売り出したところ、たちまち評判となりその焼き餅は街道の名物になったと云う話であり、今日まで語り継がれている。
2
あまりよく知られていはいないが、埼玉県は日本酒の生産量で全国5位である。
1位2位は兵庫県と京都府の別格であるが、それに続く、新潟、秋田に次いで埼玉であり、立派なものである。
埼玉には、全国7位の醸造量の酒造会社の本社がある。
全国10本の指に入る酒造会社のうち8社は兵庫、京都であるので、残り2社に入っているのはこれも立派である。
その酒造会社はKY本家酒造を中核とする世界鷹KY家グループである。
KY本家酒造の創業は江戸時代の中ごろと云われる。
創業者は小山屋又兵衛と云い、兵庫県で生まれ灘や伊丹や伏見にて酒造技術を習得してから関東地方に移住し、現在のさいたま市にて酒造業を開業したと云われる。
その後現在のJR川越線のさいたま市指扇(さしおうぎ)に良質の湧水が出ることを発見し、酒蔵をそちらに移動して、現在に至っている。
KY本家酒造は50年前頃から全国の酒造会社の吸収合併を開始していて、現在では灘、伏見、新潟、秋田などと、全国に6つの酒蔵を保有し、酒造量も全国屈指となっている。
勿論のこと、東日本では酒造量1位の酒造会社である。
3
衣料品チェーンストア「SMMR」は埼玉県発の国内業界2位の企業である。
現在は全都道府県に1300以上の店舗数を有する。
この会社は今から約60年前、埼玉県の比企郡小川町にて呉服店を開業し、その後、東松山市にSMMRチェーン第一号店を開業した。
その後、郊外を中心に店舗を拡大し、海外台湾にも出店、そして最近では都市部にも出店を始めている。
そして他のシューズやベビー用品などのチェーン店も傘下に収め、現在ではグループトータルで1800店舗をも有する国内最大の衣料品チェーンのグループとなっている。
SMMRは低価格戦略である。
それでいて仕入れ先とは、「返品しない、赤黒伝票を書かない、追加値引を要求しない、未引取りは発生させない」の4悪の追放を公約し、フェアな取引商行為を保っているのがその繁栄の源でもある。
全身をSMMR商品でコーディネートする若い女性は「しまラー」と呼ばれる。
現代社会においてしまラーは増加中であると云われる。
ファッションに多額の費用をかけないで済むからとのことであろうが、単に安いからというだけではなく、商品のデザインに最近のトレンドを取り入れているのもあり、若い感覚で分かるのだそうである。
確かに身近のSMMRの店に行っても、駐車場は何時も満杯近く、店内には若い客も多い。
そして、UQの選択の余地が少ない商品のラインナップに比べ、種類も多種多様で豊富であり、店内を巡るだけでも結構楽しい雰囲気が味わえることで、それが頷ける。


