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秋田と云えば、新幹線の愛称は「こまち」、米は「あきたこまち」である。
「こまち」は、秋田県湯沢市で生まれたと云われる小野小町伝説に由来するものである。
美人の誉の高い小野小町は、現在でも秋田の女性方を秋田美人と言わしめる影響力があるように思われるが、別途秋田美人にはそれなりの根拠があるそうである。
秋田美人とは、色白で背が高くやや面長、目は細く切れ長、口は小さく、鼻筋が通っている。
そして肌はきめ細かく、その色は白色人種にも劣らない、とされている。
その秋田美人の肌の美しさは科学的にも実証があるそうである。
秋田県湯沢市の医学博士S氏の調査によると、皮膚色の白度が全国平均では22.6%(白人は40.5%)であるのに対し、秋田県の平均では29.6%、さらに県南部では30.5%と出ているそうである。
また都道府県別の年間日照時間を見ると、秋田県が全国で最下位と云われ、紫外線の量が少ないことや湿度の変化も少ないことから、秋田の女性は色白できめ細かい肌であることが立証できるのだそうである。
美人はこれくらいにして、先ずは米である。
「あきたこまち」と云う品種は、コシヒカリと奥羽292号を交配させ、秋田で育てられたコシヒカリの子供である。
東北では、コシヒカリの新潟では問題が無かった冷害が回避できる品種を作る必要があった。
それで生まれたのが、「あきたこまち」やササニシキの改良後継品種「ひとめぼれ」である。
あきたこまちは全国作付面積でこしひかり、宮城のひとめぼれ、南国向けのヒノヒカリについで第4位である。
しかし東北地方と限ると、ひとめぼれと1位を争っている。
勿論、秋田県内では80%の作付で、断トツである。
あきたこまちの能書きによると、こしひかりの子供だけあって、旨みや甘味は強く、粘りや歯応えはあるが、それぞれ程々のようで、アッサリとご飯を食べたいという人には適しているとのことである。
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米とくれば次は酒である。
あきたこまちの食用米の開発に併行して、あきた酒こまちという酒造好適米も開発されている。
山田錦や美山錦に匹敵する大粒の吟醸酒用の酒米である。
秋田県の酒の生産量は、兵庫、京都、新潟に次いで全国4位である。
それに加え、日本酒の全国新酒鑑評会で1991年に受賞蔵元数で全国第1位となったことがある。
以来、常に受賞上位の位置にある。
「美酒王国秋田」と云われる所以である。
秋田の酒はなぜ美味いか? それにはしっかりとした背景がある。
秋田県は古来より森林、鉱物資源、海産物、米、水に恵まれていることはご存じの通りである。
それに加え、列島での位置柄、台風などの自然災害は比較的少なく、また中世よりの戦乱も少なかったことから、生活は比較的豊かであった。
秋田県では、日本酒の最初の醸造地である関西と同じ室町時代に酒造りが始められている。
にかほ市の「飛良泉」は全国で3番目に古い酒蔵として知られている。
秋田には多くの鉱山がある。
平安時代に発見された尾去沢鉱山なども合わせて、江戸時代には小坂も我が国最大の銀山と云われた院内銀山など、その鉱山へ全国から技術者や労働者そして商人たちが集まって来て、酒の需要が絶えなかった。
そうなると多くの酒蔵の誕生と云うことになったのである。
江戸時代を経て、明治になるとさらに酒蔵が増えたが廃業する蔵もあり、現在の酒造協同組合登録38社のうち、3分の2の酒蔵が100年以上経過していると云われる。
酒造りには、風土、米、水、技術などが必須である。
秋田では冬の寒さを行かした醪(もろみ)の仕込みから醗酵まで、低い温度で時間をかける「秋田流低温長期醗酵」を行っている。
そうすることで余計な細菌が入り込むのが防げるとのことである。
また水は三大河川である雄物川・米代川・子吉川とその支流には軟水の天然水の湧出が数多くあり、まろやかできめの細かい酒が醸造されるのである。
米は、あきた酒こまちなどの酒造好適米、そして技術を支えるのは杜氏集団である。
秋田の杜氏は山内(さんない)杜氏と云われる。
冬の出稼ぎが多い山内地区の人々は、山内杜氏としてその技術を確立し、技術継承も含めて今日までの酒造り守ってきたのである。
最近、近場で良く見られる秋田の銘酒は、戦中に政府の企業整備により北秋田郡、鹿角郡内の21業社が合同した「㈱HS」の大吟醸をその一例とする。
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秋田には日本三大うどんの一つ「稲庭うどん」がある。
稲庭うどんは江戸時代の初期に、現在の秋田県湯沢市稲庭町字小沢の佐藤市兵衛によって始まると伝えられている。
市兵衛は、地元産の小麦を使って干しうどんを造り、その味は比類なき上品と云われた。
その後、佐藤吉左エ門がその技を引き継ぎ、さらに技術改良に努めた結果、秋田藩主佐竹氏の御用を得るまでになったと云われる。
稲庭うどんは当初から現在まで、完全手造りである。
一子相伝、門外不出の技は2代目佐藤養助にのみ引き継がれた。
明治になって内国勧業博覧会などに出品して、「稲庭干饂飩」は全国的に知られることとなり、商売も広げ、現在は7代目の当主に至っているのである。
さて、身近に稲庭うどんを食べることができる店がある。
「SK」という。
ある日の昼時の少し前に訪れてみた。
出てきた稲庭うどんは、真っ白でピカピカでみずみずしい。
ここまで白いうどんは見たことが無い。
つけ汁は醤油ベースのつけ汁に白ネギの刻みとおろし生姜を混ぜて食べるようである。
早速頂いてみよう。
食感はツルツルである。
コシもあるので、多少の噛み応えはある。
一気にひとザルを平らげてしまったのであった。
この店の昼間の稲庭うどんには、炊き込みご飯と一品物が付いている。
一品はホウレンソウに似た「つるむらさき」のおひたしであった。
この野菜、初めてであるが、茎を噛むとぬめりがあり、ご飯との三角食べでこれらも一気に無くなってしまったのであった。




