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鳥取県と云えばこの時期、西瓜から梨への移行が始まる頃である。
鳥取県の西瓜の生産量は全国5位である。
鳥取の西瓜と云えば、県西部の大山山麓の地に生育する「大栄西瓜」である。
現北栄町(旧 大栄町)には、藩政末期に既に西瓜栽培の記録があるようであるが、農業としては、明治の末頃の由良村の阪本長蔵氏が4反歩を作付けしたことが始まりである。
しかし、大量に栽培するようになったのは戦後である。
ブランドとして全国的に知られるようになり、「大栄西瓜」は7年前に商標登録されたとのことである。
余談であるが、この大栄西瓜の名産地の北栄町は「名探偵コナン」の作者、青山剛昌氏の出身地であり、「名探偵コナンに会える町」として様々なイベントを行っている。
梨は云わずと知れた「二十世紀」である。
梨の全国の生産を見てみると、1位千葉県、2位茨城県と続き、鳥取県は6位である。
しかし、人口当たりの生産量で見ると、鳥取は堂々の1位である。
全国のなしの品種を見ると、1位は幸水で40%、2位は豊水で27%、そして3位に二十世紀の14%となる。
二十世紀だけで見ると、鳥取県は全国の約50%を生産する。
そして鳥取県内の生産は、80%を占めている。
二十世紀梨の誕生であるが、明治の中頃に千葉県北部の松戸で発見されたと云われる。
当時13歳の少年が、親類の梨農家のゴミ捨て場に生えていた小さな梨の木を発見した。
これは新しい品種になるだろうと思った少年は「新太白」と名付けたと云われる。
その後専門家に引き継がれ、20世紀になる2年前に渡瀬氏によって、来たる新世紀(20世紀)における代表的品種になるであろうとの観測と願望を込めて新たに「二十世紀」と命名されたのであった。
その後、20世紀になって鳥取県に導入され、本格的栽培が始まり、鳥取県の特産品となったと云う経緯を辿っている。
尚、二十世紀は鳥取県のほぼ全域で栽培されている。
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鳥取県の名産品、次は「らっきょう」である。
らっきょうの県別生産では、鳥取、鹿児島、宮崎の3県が僅差のトップ争いをしている。
鳥取のらっきょうは「砂丘らっきょう」である。
砂丘とその周辺の痩せた土地で栽培するに適した作物である。
砂丘周辺の鳥取市福部町では、100戸近くのらっきょう生産農家があり、合計で120ヘクタールの畑で生産していると云われる。
日本一の生産規模を誇る産地となっているのである。
鳥取福部のらっきょうの歴史は古く、江戸時代に参勤交代の付け人が小石川薬園より持ち帰ったことが始まりと伝えられている。 当初は少数の農家で自家用として栽培されていたようであるが、大正時代になって浜本四方蔵(よもぞう)氏が石川県から種球を持ち帰り、福部町で栽培を開始し、それが本格栽培に繋がって行ったのであった。
その後らっきょうは、干ばつに強いことが認められ作付けが増加し、現在の様に広がったのである。
福部では、らっきょうを加工する事業も開始し、らっきょう漬けなどの食品販売も行うようになり、そのらっきょう漬けは鳥取県の代表漬物となっているのである。
尚、「砂丘らっきょう」を登録商標として、一層のブランド化を推進しているとのことである。
また最近では砂丘だけでなく、県中部の砂浜や、県西部の米子の弓ヶ浜でもらっきょうの栽培を始めたとのことである。
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もうひとつ、鳥取の変わったものと云えば「とうふちくわ」と「あご野焼き」である。
江戸時代の初期、鳥取藩が成立した頃は、鳥取では漁港の開発が遅れていて魚は貴重な食べ物であったと云われる。
初代藩主池田光仲は、藩の財政も厳しい折から城下の庶民に対し、「魚の代わりに豆腐を食べるように」と質素な食生活を推奨したと云われる。
そこで出来たのが「とうふちくわ」である。
豆腐7に対して魚のすり身3の割合でちくわを作ったのがとうふちくわの始まりである。
とうふちくわは蒸したり、焼いたりであるが、日持ちはともかく蒸したとうふちくわが美味かったので、引き継がれて現在に至っているのである。
また「あご野焼き」は山陰の名物である。
どちらかと云うと島根県が最初である。
「あご」とは飛魚のこと、それをすり身にして地酒で独特の味付けをして、煙と熱気を避けるために室外で焼いたことから「野焼き」と云われるようになったとのことである。
この野焼きの命名は、江戸時代末期のことで松江藩主で茶人の松平不昧(ふまい)公によって命名されたと云われている。
あご野焼きととうふちくわを摘まみながらの日本酒、正に山陰の味を堪能する時間である。



