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この季節、沖縄県の「もずく」が全国の市場を席捲している。
沖縄県のもずくの生産量は全国的に見てほぼ100%で、全くの独占である。
このような海産物も珍しい。
もずくは、昭和50年から恩納村(おんなそん)漁業研究グループと水産業改良普及所の共同研究により養殖の実証試験が行われ、2年後に初めて養殖もずくが水揚げされたと云われる。
その後、改良が重ねられ、現在の他所の追随を許さない養殖技術が確立されたのである。
そして産業的規模での養殖は、沖縄県だけが成功したと云われている。
現在のもずくの生産は、県内一帯で生産されている。
沖縄で養殖されている種類は、フトモズクと云われる「オキナワモズク」とイトモズク又はホソモズクと云われる普通のモズクの2種類である。
もずくは古くから全国各地で食用にされてきた海藻の仲間である。
特に沖縄地方では昔よりモズクを三杯酢で食されていたので、もずくの販売は三杯酢や土佐酢に浸されて販売されているケースが殆どである。
2
夏と云えばビールである。
沖縄には沖縄生まれのビール「オリオンビール」がある。
沖縄県内では、かつては90%以上のシェア、現在でも50~60%のシェアを持っている。
正にケンミンビールである。
オリオンビールは、アメリカ合衆国統治下の昭和32年に名水の出る名護市に於いて「沖縄ビール㈱」として設立された。
そしてその年にブランド募集が行われ、「オリオンビール」と決められたのであった。
その後、社名もオリオンビール㈱に改名されたものである。
しかしビジネスは順風満帆ではなかった。
当初は、本土から販売攻勢をかける大手の会社のビールに、苦労したとのことである。
そこで研究した結果、ビールの味をドイツ風からアメリカ風に変え、営業活動も強化した。
その結果、県内では1位となったのである。
更に追い風が吹いた。
昭和47年の沖縄本土復帰である。
沖縄県内への出荷について、20%の酒税減免の優遇措置が取られたのである。
それもビジネスに弾みがついた。
オリオンビールの大株主は大手のアサヒビールである。
そこでアサヒビールとの提携により、県内ではスーパードライのOEM生産を行う一方、アサヒビールの販売ルートを使った本土でのシェア拡大へと向い、現在に至っている。
我が国の大手ビールメーカーは5社ある。
麒麟麦酒、アサヒビール、サッポロビール、サントリー、オリオンビールであるが、その中でのシェアは1%にも満たず、断トツの最下位である。
しかし沖縄では、半分以上のシェアを持つNo.1のオリオンビールである。
3
大阪の大正区はリトル沖縄と云われる。
市民の四分の一程度が沖縄県出身者であると云われる。
JR大正駅を降りて、バスで平尾と云う辺りまで行くとそのリトル沖縄のメインの場所となるが、駅近で沖縄料理の店を見つけたので、入ってみた。
店の名は「ICRB」という。
表に沖縄そばやオリオンビールの幟が立っているので、間違いはない。
店は満員であった。
上手い具合に店を出る人と入れ替わりとなり、窓際のカウンターに座れたのであった。
注文は勿論のこと「沖縄そば」、暫くまつことになった。
暫くして出て来た。
中華っぽい平打ち麺に、色の薄い和風出汁のようである。
トッピングは豚の角煮2枚と軟らかい渦なし鳴門(沖縄かまぼこと云う)そして細かく刻んだ青ネギと頂上に紅ショウガが乗せられている。
さあ、頂いてみよう。
まず、スープ…。
普通のあっさりした味で、関西のうどん出汁に似ている。
次は麺、若干コシのある平打ちの生麺である。
そして具、豚三枚肉の煮込みは、味もまろやかで軟らかい。
ふんふんこれが沖縄そばか…。
関西にはうどん出汁に中華麺をいれた「黄そば」があるが、それを彷彿させるような料理である。
あっさりと美味いものであり、たちまちのうちに完食、満足したのであった。
さて、沖縄そばであるが、その歴史を探ってみよう。
沖縄で小麦粉の麺が広く知られるようになったのは明治後半だそうである。
沖縄に来た中国人コックが那覇の辻遊廓近くに開いた支那そば屋がルーツであると云われている。
以降、街中にそば屋が増え、大正のころには、庶民が気軽に食べられる料理となった。
当初は豚をベースにした醤油味のスープで、具も豚肉とネギのみと、いわゆる支那そばと同じようなものであったが、その後徐々に変わって行き、今日の姿になったと云われている。
麺は中華麺と製法が同じであるが、ガジュマルの灰汁を加える場合もあり、沖縄独特で「琉球そば」と云われた。
この沖縄では「そば」と称されて、食べられてきた「そば」ではあるが、呼称がややこしくなったのは、沖縄が本土へ復帰以降である。
国内の食品の表示法が適用されたからである。
良く御存じのように「そば」とは、そば粉30%以上、小麦粉70%以下のものを云うので、そばには該当しないというクレームが付けられたのであった。
しかし戦前より、ずっと一貫して「そば」と呼ばれて、親しまれてきたものを守れとの機運が強く、組合が精力的に動いた結果、「沖縄そば」の呼称が県内のみ使用可、と限定認可されたのであった。
その後、1978年10月17日に「本場 沖縄そば」と全国的レベルで登録され、その日を記念して「沖縄そばの日」が制定されたのであった。
沖縄県にはそばを販売する店が2000軒以上はあるという。
一日15~20万食販売され、まさに香川の讃岐うどんのように、沖縄を代表する料理になっているのである。



