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身近なケンミンショー

日常の生活範囲の中で見つけた身近にある都道府県や都市にまつわるお話しをゆるーく綴ります

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 鹿児島県は農業、畜産、漁業などで、県別ランキングに上位の生産量を誇るものが幾つかある豊かな県である。

 農業では薩摩芋や茶葉、畜産では宮崎県と甲乙つけがたい肉牛や黒豚、漁業では養殖ブリや鰻の生産が全国のトップクラスである。


 また、鎌倉時代から明治時代に至るまで領主は一貫して島津氏と変わらない唯一の珍しい県である。
 薩摩の国は、他国にて戦争することを旨としている、他国からは攻め込まれそうにはなったことはあるが、攻め込まれたことがない。


 藩主の言うことに従っていれば平穏無事な国であった。
 藩主は農業政策や畜産などを奨励したので、豊かな県へと進んで行ったのは頷ける。


 薩摩芋は言わずもがなであるので、先ずは鹿児島茶である。
 鹿児島の茶葉の生産量は静岡県に次いで全国2位である。


 日本三大茶とは、静岡茶、宇治茶、狭山茶を指す場合が多いが、最近では生産量の少ない狭山に代えて、鹿児島茶と云われるようになってきている。


 鹿児島の南部、南九州市辺りへ行って見ると、広大な平野で茶を栽培している。
 山間で栽培するのとは違い、茶を植えている列の幅も2倍程度あり、大型機械が利用できるので、効率化やコストダウンが進められ、押しも押されもしない茶処になっている。


 その中でも知覧は1200haの茶畑がある国内全国屈指の茶葉生産地となっている。


 知覧茶の起源は、鎌倉時代に平家の落人が山間部の手蓑にてお茶の栽培を始めたという伝承がある。 
 しかしそれはそれだけの話で、何も進んでいない。


 明治になって知覧を治めていた島津氏の傍流の佐多島津氏から払い下げられた山野を農民たちが開墾して茶を植えたのが始まりである。


 大正時代になって機械化が取り組まれ、量産できることにより九州で知覧茶の販売が拡大した。
 この頃は紅茶も奨励され大いに栽培されたが、紅茶が輸入されるようになり低迷したので、全てを緑茶とし現在に至っている。


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 以前は鰻と云えば静岡浜松であったが、今は国産鰻は鹿児島県である。
 鹿児島では全国の40%もの養殖鰻を生産している。


 日本は世界の鰻の70%を食べる国民である。
 土用丑の日に鰻を食べるという習慣が作られ、日本では猫も杓子も鰻という文化が出来上がってしまったからでもある。

 鰻を食べなければ夏は乗り切れないとかの宣伝文句が行き渡ってしまい、この頃になると牛丼チェーン店やコンビニでもメニューに取り入れているのが実情である。


 江戸時代の半ばぐらいからこの習慣が作られたと云われる。
 その理由には諸説あるが、讃岐国志度出身のエレキテルで知られる平賀源内が発案したという説が最も有力である。


 その発案とは、商売がうまく行かない鰻屋が、夏に売れない鰻を何とか売るため源内の所に相談に来た時、源内は「本日丑の日」と書いて店先にお知らせを貼ることを勧めたという。
 そのようにした結果、その鰻屋は大変に繁盛したという。
 その後、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したと云うことである。
 
 一言だけ申し添えるが、鰻の旬は冬眠に備えて栄養を取り込む秋から冬に掛けてである。
 夏の鰻は旬のものに比べ味が落ちているので、余りお勧めではない。
 従って夏は鰻があまり売れなかったのである。


 もう一つ、鰻は養殖原料のシラスウナギが中国、台湾、日本の乱獲により資源が急速に減っている。
 従って、中国産や台湾産の鰻の輸入も少なく、鰻は高級品になってしまっている。

 また、シラスウナギの減少に伴って、鰻が絶滅危惧種に指定されたこともある。
 輸入が更に減る恐れもあり、松茸と同じように、我々の口に入らなくなる日も近いのかも知れない。
 
 他にも海に関するものと云えば薩摩揚げがある。
 食品のジャンルでは「揚げかまぼこ」に入る。
 揚げかまぼこの購入量は、鹿児島市が全国一である。



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 畜産では、牛、豚である。特に豚肉については全国の13%も生産し、勿論トップである。

 鹿児島の豚は黒豚である。
 黒豚ではあるが白い部分が6ヶ所程度あり、一般に六白黒豚と呼ばれる。


 薩摩国では、戦国時代から豚肉を、歩く野菜と呼んで食べられていた。
 戦国時代、九州をほぼ一手に収めた島津氏の強さは、織田信長よりも先に鉄砲を使いこなしたことと、豚を生きたまま兵糧として戦場に運んで肉食していたことであると云われる。


 当時の薩摩は火山灰のシラス台地である。
 植えつければ勝手に育つ薩摩芋と、それを餌にする豚の肉が薩摩の一般的な食糧であったと云われる。
 そして薩摩藩の石高77万石のうち、米は少なく、大半は薩摩芋と豚肉であったと云われている。


 最後は焼酎である。
 人が集まれば酒が要る。

 薩摩では、その薩摩芋を利用して、古くから焼酎を作っていて、それを皆が飲んでいた。
 今でも薩摩の焼酎生産量は全国一である。
 これは麦や米の焼酎も含まれた量での日本一である。


 芋焼酎だけを取り出すと、トップメーカーは宮崎県にあるが、総量では鹿児島である。

 そして、焼酎の消費量はというと宮崎県の2倍近くで、鹿児島県が断トツでもある。