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父親<br>
LSTの船長が石垣に住んで居たので、その方に頼み込んで<br>
乗組員にしてもらったが、一航海で辞めた。<br>
理由は、月給はタバコ箱10個の値段程度で安く、<br>
殆どの乗組員は、犬や山羊や米を石垣から持っていき、<br>
沖縄本島からは、アメリカ製の雑貨やタイヤを <br>
持ってくるなどの商売で稼いでいた。<br>
父にはそれが出来なかった。<br>
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密航船の乗組員となり砂糖を積んで、大阪に向かった。<br>
私たち兄弟は、沖を出ていく船を見送った。<br>
これが父の姿の見納めになるとは思わなかった。<br>
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当時の密航の手段は、船をドッグに上げて、<br>
荷物を方法だったようだ。<br>
その船は台湾で盗んだ船で、ドッグに上がっているのを<br>
船主に見つかり乗組員全員が逮捕されたが、<br>
船長以外は直ぐに釈放された。<br>
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父親たちは香港に釘を積んで密航する船に乗ったが、<br>
三重県和久町志麻の沖で巡視船に追跡され父は、<br>
海に飛び込んだ。<br>
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これは、父親と一緒に船に乗っていた近所の機関士の話である。<br>
その人は「吉野さんは、そんなにまでしなくても良かったのに」と話してくれた。<br>
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「勝つう!勝つう!と父親が叫んで叫んでいる夢を見た。<br>
勝つうとは父が付けてくれた愛称だった。<br>
不吉な夢だったが、正夢だった。<br>
この夢をみたにが、5月5日だったので<br>
5月5日を父親の命日にした。<br>
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