<p>
出生<br>
私は、昭和5年(1930年)5月 <br>
台湾の基隆市で生まれた。<br>
</p>
<p>
父親は私が生まれたのを機会に<br>
漁船で働くのを辞めたようだ。<br>
「海で死ぬ訳にはいかない」と言って。<br>
記憶に残っているのは台北に移ってからだ。<br>
</p>
<p>
台北
自宅の住所は御成町<br>
生活は苦しかったようだ。<br>
母親が公設質屋に通っていた。<br>
</p>
<p>
公館<br>
大通り道向には何処かの公館があって、<br>
毎朝入口付近を掃除していた。<br>
</p>
<p>
公園<br>
近所には公園があって、<br>
乃木大将母堂ゆかりの碑が建っていた。<br>
本島人(台湾人)達がアフリカカタツムリの<br>
飼育箱を持ち寄って見せあっていた。<br>
</p>
<p>
北投温泉<br>
台北の北に北投と言う温泉の出るところがある。<br>
其処には官公庁や企業の寮があって賑わっていた。<br>
父親に連れられて行った。<br>
</p>
<p>
湯船の底がヌルヌルしていたので足を滑らし、<br>
溺れかかったが、父親に助けてもらった。<br>
</p>
<p>
三板峡<br>
公園の傍を流れる川の向こう岸は、三板峡と呼ばれ、<br>
火葬場があり2本の煙突から煙が立ち登っていた。