私たちが使っている「神」という言葉の定義は、
神は「宇宙の第一原因」という定義である。
(「統一思想要綱」では「絶対原因者」とも表現している)
ただし、その「第一原因」は、単なる物質的なものではなく、人間の精神の根源も含むものとして考える。
では「宇宙の第一原因」としての神の属性は何か?
神の「絶対属性」は、「エネルギー的な心」、あるいは「心的なエネルギー」であるとする。(統一思想要綱より)
ここで、「絶対属性」とは、「一番根本的な属性」という意味であろう 。
「エネルギー的な心」、あるいは「心的なエネルギー」との表現は、
「エネルギーと心は全く別のものでなくて、本来は一つになっている」ということを言っている。
そして、その「絶対属性」が、
「創造において分かれたのが、神の心としての本性相と、神の体としての本形状なのである」
ここで注意しなければならないことは、分かれても全くの異質ではないということである。
「本性相は心的要素から成っているが、そこにはエネルギー的要素も備わっている。
ただ心的要素がエネルギー的要素より多いだけである」
「本形状はエネルギー的要素から成っているが、そこには心的要素も備わっていて、
エネルギー的要素が心的要素より多いだけである」
(ここでいう「エネルギー的」という言葉は、正確には、「前エネルギー的」であろう。
そして、どこまでも前エネルギー「的」だということである)
「要綱」では、この理論を「唯一論」または「統一論」と名づけている。
唯一神を信じるという立場から言えば、これは「一元論」であろう。
しかし、「精神」が根源だ、「物質」が根源だという従来の「一元論」は違うという立場である。
そこで、「唯一論」「統一論」と称している。
「講論」では「本性相」「本形状」から説明しているが、
「要綱」ではその「本性相」「本形状」も「創造において分かれた」としている。
そして、
神の「絶対属性」は、「エネルギー的な心」、あるいは「心的なエネルギー」だとしている。
神は「宇宙の第一原因」という定義である。
(「統一思想要綱」では「絶対原因者」とも表現している)
ただし、その「第一原因」は、単なる物質的なものではなく、人間の精神の根源も含むものとして考える。
では「宇宙の第一原因」としての神の属性は何か?
神の「絶対属性」は、「エネルギー的な心」、あるいは「心的なエネルギー」であるとする。(統一思想要綱より)
ここで、「絶対属性」とは、「一番根本的な属性」という意味であろう 。
「エネルギー的な心」、あるいは「心的なエネルギー」との表現は、
「エネルギーと心は全く別のものでなくて、本来は一つになっている」ということを言っている。
そして、その「絶対属性」が、
「創造において分かれたのが、神の心としての本性相と、神の体としての本形状なのである」
ここで注意しなければならないことは、分かれても全くの異質ではないということである。
「本性相は心的要素から成っているが、そこにはエネルギー的要素も備わっている。
ただ心的要素がエネルギー的要素より多いだけである」
「本形状はエネルギー的要素から成っているが、そこには心的要素も備わっていて、
エネルギー的要素が心的要素より多いだけである」
(ここでいう「エネルギー的」という言葉は、正確には、「前エネルギー的」であろう。
そして、どこまでも前エネルギー「的」だということである)
「要綱」では、この理論を「唯一論」または「統一論」と名づけている。
唯一神を信じるという立場から言えば、これは「一元論」であろう。
しかし、「精神」が根源だ、「物質」が根源だという従来の「一元論」は違うという立場である。
そこで、「唯一論」「統一論」と称している。
「講論」では「本性相」「本形状」から説明しているが、
「要綱」ではその「本性相」「本形状」も「創造において分かれた」としている。
そして、
神の「絶対属性」は、「エネルギー的な心」、あるいは「心的なエネルギー」だとしている。