$北欧からコンニチワ-カレイドスコープ150

ウェブ・マガジンでMusicWebInternationalっていうのがあるんですけど、イギリスで作っていて、かなり大きいらしいんですね。そこでマリアのCD,「カレイドスコープ」が今月の録音に選ばれました。

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めちゃくちゃ褒めてます。気持ちが悪いぐらい。よっぽど気に入ってくれたんですね。
やっぱり褒められるのは嬉しいです。

すごく長い批評なので、かいつまんでご紹介します。

2005年より歌手として活躍を始めたマリア・フォシュストロームは巧妙な技術を持った本物のコントラルト。印象深い低音とダークな音色を持つ。声はよく均整が取れていて、おおらか。高音はどんなドラマティック・ソプラノも羨ましく思うような輝きがある。なによりも素晴らしい美しさを持つ声ーーなおかつ表現力を失わない美しさだ。別の言葉でいうと、並外れてよき才能の持ち主である。

アンドレアス・エドルンドのチェンバロもマッティ・ヒルボネンのピアノも褒めています。そして両楽器が日本製であることと日本語の解説が付いていることは何か関係があるのかも、とか勝手な想像をしています。

このCDを聞くことになった前の日にシューベルトの「鱒」をライブで聴いた。大変重厚でドラマティックに歌うバス/バリトンが歌った。それが耳に残っていてフォシュストロームを聞くと、ちょっと血が通っていなくて物足りなかった。しかし数日後にもう一度聞いて考えを変えた。バス/バリトンは非常に特別な感情を持って歌っていたが、フォシュストロームのシューベルトのほうが正当なのではないかと思った。CDのその他のドイツ歌曲も有名なものばかりだが、全て見事に歌われている。シューベルトのセレナードを聞くと、彼女がいかにニュアンスを持って歌っているかが分かる。この一曲のためだけでも、CDを購入する価値がある。

この後ももっと良いものが続く。ラフマニノフの2曲は真のスラブ的なフィーリングを持っている。そのフォルテはまるでビルギット・ニルソンの最高潮の時のようだ。いや、もっとスカンジナビア的な歌手との比較なら、キルステン・フラグスタードのようだ。ここでマッティ・ヒルボネンは、ピアノの持つ力強さでしっかりと支えている。他の曲でも言える事だが。

と、この調子で最後まで。
普通なら、どこかで少なくとも一箇所ぐらい悪口を言うのだけど、それが全くないんですね。
それとも私の英語力が足りないのかしら。
マリアが喜ぶでしょうね。