ノーベル賞

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12月10日はノーベル賞授賞式の日です。
テレビでは12時ごろからずっと放送していました。
私は夕方からレントゲンの撮影があって、すごく時間がかかったので、帰ってきたらバンケットの最中でした。
Efterrätten bärs in.
毎年、女性のお洋服が話題になります。
Honnörsbordet på Nobelbanketten i Stadshuset i Stockholm.
今年はオレンジと赤が流行らしくて、下の写真でも分かるように華やかでした。
(去年は皆さん黒が多くて、大分感じが違いました)
Kronprinsessan Victoria återanvände drottning Silvias klänning från Nobelfesten 1995.
クイーンとプリンセス。
今年は「環境に優しい」という考えがあって、プリンセスのドレスは1995年にお母様が着たの(ニナ・リッチ)のお古だそうです。
 
Kulturminister Alice Bah Kuhnke i samtal med europakommissionären Carlos Moedas.
古着を使うのの一番の「つわもの」は、文化大臣のアリス・バ・クンケ(↑)。
まず、ストックホルムの古着市場でも売られないボロボロの絹の洋服たち。ドングリと鉄から取れた色で染めて縫い合わせ、継はぎだらけの生地に作りなおし、それを仕立てた物だそうです。
お祝いが終わったら、ストックホルムの教会に寄付されて、貸し衣装として使われるんだそうです。どうせやるんなら、徹底的にやろうぜ、とでも言いたげな、ほとんど笑っちゃいたくなるようなエピソードでした。
 
そして何といっても一番目立ったのが、アカデミー文学賞の議長(?正しい呼び名か?)サーラ・ダニウス。ピンクとオレンジの絹を何十メートル(ここ、ちゃんと聞き取れなかった)も使った衣装です。
文学賞にからんでの、みっともないスキャンダルがあるのですが、それはまた別の機会に。
 
Lars Heikensten och Sara Danius hälsar på pristagarna.
後ろから見ると(↑)
 
Kemipristagaren Frances H Arnold med sitt Nobelpris.
対照的なのが化学賞受賞者のフランシス・アーノルドさん。
きりっとしてなんとも美しいと思いました。
 
Medicinpristagaren Tasuku Honjo med sitt Nobelpris.
男性はみんなペンギンなのに、この方だけは素敵、と褒められていました。
 
Tasuku Honjo, Nobelpristagare i medicin.
どこか権威のある、いい顔つきです。
 
Nadia Murad och Denis Mukwege.
オスロでも同じ日に平和賞の授賞式がありました。
イラクのナッジャ・ムラードとコンゴのデニス・ムグヴェグ(?苗字の読み方分からない)
ノルウェーは普通に背広なんですね。
 
Fredspristagarna Denis Mukwege och Nadia Murad hälsar publiken från balkongen till Nobel-sviten i Oslo.
ふたりとも、なんとも美しいお顔です。
 
上記の写真をお借りしたのは Dagens Nyheter という新聞です。
今、戻ってみたら、その後の写真が追加されていました。
でも、もうこれで終わりにします。
 

 

 

 

 
 
 

 

 

 

 

 

訪問者(1)

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週末にスイスからお客さんがありました。

 

バーゼルに住む日本人のリュート奏者、坂本龍右(りょうすけ)君。

素晴らしいテクニックと音楽性を持っています。

 

実はこのRyosuke君。私たちはご両親に70年代から面識があるんです。

ことの始めは60年代。私はまだドイツにいた時代です。もちろんスヴェンのことも古楽のことも知らない時代です。

当時スヴェンはリコーダー製造会社メック (MOECK) の夏のコースで教えていました(スヴェンが教えるに至る状況も面白いんですが、それはまたの機会に)。

そこに現れたのが龍右君のおとうさん、坂本利文氏、ぶんちゃん(なぜ利文氏がブンになるのかを外国人に説明するのがまた、至難の技です)。

いずれにせよ、ブンチャンのことはよほど印象が強かったようです。

 

スヴェンと私が知り合って(1975年夏)、結婚(1977年)、新婚旅行と称して、日本に行きました。その時、日本初めてのスヴェンがどうしても会いたかったのが、ブンチャン。彼等にとって、なんと十何年のブランクがあったのですが(そして私は初対面)、以来ずっとお付き合いさせてもらっています。

 

さて、龍右君は現在35歳。にもかかわらず、上記のようなご両親(お母さんはリコーダー奏者)によって、日本の古楽関係では、ちょっと珍しい存在となっています。つまり、35歳という齢にしては、古楽が始まった時の、スヴェンのようなパイオニアの人々に「面識」があるのです。今の若い人たちの大部分はハンス・マルティン・リンデなんて聞いても、誰かなんて分からない人が多いんじゃないかと思います(私のブログを前から読んでいるクラシック音楽に造詣の深い方たちは例外かも)

 

そこで龍右君が最近自分で立ち上げた(誰からも援助を受けていない)プロジェクトとなります。

古楽のパイオニアたちをインタビューして、かれらの考え方や人柄を記録していく、というものです。すでに数人をクリアしています。

ここにスヴェンが入ってくるのは、当たり前なんだけど、光栄でもあります(少なくとも、スヴェンはそう思っている)。

 

そのことについてはボチボチと書いていくつもりです。

 

私達が二人とも絶対的に評価している坂本龍右君。

せっかくの訪問。もったいないので、日曜日に近くの教会の礼拝時に10分ほど演奏を披露してもらいました。

 

こんなタブラチュアを弾いています。

 

では、続きをご期待ください。

 

 

ゴーヤ

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うちのベランダ。1日中、日が入ります。でも夏になると暑くなりすぎ。

日本だったらスダレ(立てかけるやつ)を使えばいいのですが、ここでは思うようなのを売っていない。

そこで考えたのが植物で覆うということでした。

日本で買ったゴーヤの種。

春に植えたら、見事に育ちました。

 

 

 

ゴーヤも採れたし。日陰にもなるし。シメシメ。

 

夏も過ぎ、そして今日のゴーヤ。

 

左下に茂っているのは紫蘇です。

紫蘇まきにして、こちらの人も喜んで食べてくれます。

 

ゴーヤはまた来年のお楽しみ。

 

 

 

 

 

 

 

ユズとハビ

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ハビエル・フェルナンディス選手が引退を発表しましたね。

同じ日にユズのグランプリ・ファイナル欠場の発表もありました。

あの二人が出ないというのはやはり寂しいですね。

 

二人の7年間の友情を物語る投稿がありましたのでアップします。

→ユズとハビ

 

この二人。

「真面目過ぎる結弦くんと明るくおおらかなハビエル君。性格もスタイルもまるで異なる二人は、異なっているからこそ補い合い、競い合い、成長し合った・・・。

 

それを可能にしたのは・・・多分、ふたりにはふたつの共通点があって、ひとつは人としての「優しさ」であり、もうひとつは「相手をリスペクトする心」だったかもしれませんね。二人とも幼い頃からの本当に親御さんの教育が素晴らしかったに違いありません・・・。

 

それが並外れてこの二人の選手にはあって、切磋琢磨し合いながらも二人でなければ成り立たなかった素晴らしい関係性を築くことができたのかな・・・。

 

とはいえ、やはり奇跡的な関係ですよね。

 

この二人がどれほどフィギュアスケート界をけん引し、多くの人々に夢と希望を与えてきたか、二度と戻らぬひとつの時代が終わるのだと思うと寂しさでいっぱいになります。」   ← ショピンの魚に恋して より

 

ユズ君の怪我が早く治って、再び氷上に戻ってこられるよう、祈ります。

 

 

源氏物語の時代(2)

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源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)

 

いやー、この本、昔感想を書いていたんですね。

源氏物語の時代(古い記事)

 

ここにほとんど書いてあるので、これで終わりにします。

ただ、紫式部が夫を亡くした後の心境が書いてあります。

感激したので、それだけ書き足します。

 

紫式部の目覚め

「数ならぬ心に身をば任せねど 身に従うは心なりけり」

(人の数にも入らない私、現実が心のままになることなどない。でも分かった。どんなにつらかろうと、その現実なりに寄り添ってなじんでくれるのが、心というものなのだ。-紫式部集)

 

「心だにいかなる身にか適ふらむ 思ひ知れども思ひ知られず」

(従順なはずの心。しかしそれすら本当は、どんな現実の自己に見合っているというのだろう。私の心は、どんな現実の私にも不相応な心だ。私は、それはよく分かっている。でも、分かりきれない-同)

 

自分の心を分析して歌っている。何という人。頭脳明晰。頭、切れる。和泉式部だったら、絶対こうは歌わないでしょうね(これを読むと和泉のよさも分かる)。紫さん、さすが、あれだけの長編・源氏物語を書いただけあるわ。

 

ちなみに私の大好きな和泉式部の歌

「物思えば沢の蛍もわが身より あくがれいづる魂かとぞ見る」

「冥(くら)きより冥き道にぞ入りぬべき はるかに照らせ山の端の月」

 

本箱にたまった源氏たち