この巻は17ページと短いですが、色々なことが起こります。

 

先ず、朱雀院の行幸の時に催される祝賀は素晴らしいものになるとの前評判。

出産のために実家に戻る藤壺は見ることができないため、帝は予行練習を行うことを決める。

そこで光君は藤壺が見ているということで、大ハッスル。

そこにいた全ての人が涙を流すほど素晴らしい踊りを見せる(弘徽殿の女御以外は。この人は光君の恋人に対して、凄い敵対心を持っているのですね)。

 

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さて、本番の紅葉の賀も無事終わり、その頃藤壺は実家に帰っている。

光君はここでも、何とか彼女に会いたいと、ウロウロしていて、妻の葵の君がいる左大臣家に帰らない。

葵の君は左大臣にお姫様たるべき教育をされているので、いろいろ噂を聞いても、戻ってこない夫に対して、鷹揚に構えて、上品にしている。それが光の君には居心地が悪い。

光君「ふつうの女君のように恨み言でも言ってくれれば、私も腹を割って話して、なぐさめることもできるのに、それをおかしな風に勘ぐってばかりいるのだから、こっちだっておもしろくはないし、つい浮気心も抱いてしまうのだ」などと、自分勝手な言い訳をして、遊び歩いている。

 

紫の君は大分成長したとはいえ、まだまだ子供。それでも光君は可愛くてしかたがないので、一緒に遊んでいる。

そして二条院に姫君をかこっていると噂を立てられてしまう。

 

年の暮れがせまっても、藤壺は出産の気配がない。

1月も過ぎ、まだ生まれない。

理由を知っているのは藤壺と光君と、あの時に二人が会うのを導いた王命婦のみ。

3人3様にひやひやしている。

2月10日過ぎにようやく生まれる。

その子は光君にそっくりだった。

何も疑わない帝は大喜びだが、罪を犯した二人は恐ろしさに身を震わせている。

 

ここに年配の典侍(ないしのすけ=後宮内の職種)がいて、彼女と光君及び頭中将との間で喜劇が演じられるのだが、それはまた次回に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キッチンを覗いたら、ミッセが椅子を半分開けて座っている。

こちらを見て「おいでよ。一緒に座ろうよ」と言ってるみたい。

 

お尻半分しか座ってないので、やっぱりちょっと居心地悪い。

ミッセはご満悦なんだけど。

 

そして毎日の散歩道。

 

 

どうもミッセはみんなに知られてるらしいです。

昨日会ったご夫婦。私たちと同じぐらいのお歳です。

「さっき、お宅の猫に会いましたよ。白い方」

白いのと黒いのがうちの猫だと知ってるらしい。

「あと灰色のもいるけど、あれはお宅のじゃないでしょ」

 

どうも有名らしい。

変な悪戯してなければいいけど・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫式部はどうもこの世紀の醜女、末摘花にご執心のようです。

末摘花の章が第6章。彼女のその後を書いたものが第15章。

その間、光君は須磨に退去したり、いろいろドラマティックなことがあって、許されて都に戻ってくるのですが、彼が関係した女性たちについては時々思い出す、ぐらいしか書いてないんですね。

ところが末摘花だけは、わざわざ新しく章を設けて書いている。

それが蓬生の巻。 

 

15,蓬生(よもぎゅう)

 

源氏物語成立については「光る源氏の物語」②で、その書き順を述べたのですが、大野さんによると、最初に書いたのが光君の出世物語で、これをa系、その後書き足したのをb系と呼ぶんだそうです。

そうすると、

a系は ①桐壺、⑤若紫、⑦紅葉賀、⑧花宴、⑨葵、⑩帚木、⑪花散里、⑫須賀、

     ⑬明石、⑭澪標、⑰絵合、⑱松風、⑲薄雲 ⑳朝顔、㉑少女、㉜梅枝、

     ㉝藤裏葉

b系は ②帚木、③空蝉、⓸夕顔、⑥末摘花、⑮蓬生、⑯関屋、㉒玉鬘、㉓初音、

     ㉔胡蝶、㉕蛍、㉖常夏、㉗篝火、㉘野分、㉙行幸、㉚藤袴、㉛真木柱

 

となります。

確かに⑥の末摘花と⑮蓬生は間が離れているけど、b系エピソードとしては続いている。式部はこの二つを続けて書いたのでしょう。

 

それでは、蓬生には何が書いてあるかと言うと、末摘花のその後です。

恥ずかしがり屋で顔が醜い末摘花に、思いもかけず光君のような素晴らしい人が通うようになって、ほっとしたのもつかの間。光君は須磨に落ちていってしまう。

他の女性たちは、それぞれ自分で運命を切り開いてゆくのだけど、彼女だけは光君を待っている。

経済的にも恵まれず、姫君はますます落ちぶれていく。

それでも侍従(じじゅう)という乳母子だけは、変わらず仕えていた。

姫君の叔母で落ちぶれて受領の妻になった人が、娘たちのためにそう見苦しくない若い女房を探している。

この人の夫が太宰大弐に任ぜられ、任地に下るにあたって、姫君にその役を与えて、連れていきたいと思う。
しかし、どんなに誘われても、姫君は首を縦に振らない。

呆れかえった周りの女房達はぽつりぽつりと離れていく。

頼りにしていた侍従もこの叔母に付いて去っていく。

 

一方光君のほうは、須磨から戻って以来、若紫の素晴らしさにのめっていて、昔付き合った女性たちはとんと思い出しもしないで暮らしている。

ある日、花散る里のことを思い出して、紫の上に断ってうえで、出かけた。

(この、紫の上に断る、というのが傑作だと思いました。光君、いよいよ紫の君に敷かれている)

その道の途中で、常陸の宮(末摘花の父)の家の前を通りかかると、そこは見るも無残に寂れてしまっている。

こんなになっても、自分を待っていたと感激した光君は、その後、人を使わせて、庭の手入れをしたり、家を直したりしてあげて、最終的には二条宮の近くに新しい住まいを作り、彼女を住まわせる(さすがに通うということはないけれど)。

めでたし、めでたし。

 

末摘花に対して、大野さんも丸谷さんも、式部は残酷だと言っています。

このぶざまな姫君に少しも同情しないで、冷たく突き放している。

大野「どんなに醜女や老女が出てこようと、それを読んでわれわれがどこかでほっとするためには、自分もそういう醜女の一人、老女の一人、弱い存在の一人であるという思いが作者にないといけないんだと思うんです。この巻を書いた紫式部の筆の端々にそういう筆遣いがないんです。ここには救いがない・・・」

丸谷「光源氏が末摘花の面倒をみて救っても、作者紫式部は救っていないんですね。

・・・しかし、これだけたいへんな才能の持ち主がこういう幼稚さ、単純さでことを処理して平気でいたというのは、やはり当時の王朝貴族の精神風俗が、こと美醜に関しては非常に単純で幼稚だったことの反映でしょうね」

と言っていますが、私はそう思えない。

確かに喜劇的に書いているので、美醜の問題を深刻にあつかう形にはなっていないけど、この箸にも棒にもかからないような人を、丁寧に、目に見えるように描いて、ちょっとしっかりしてよ、という思いにさせるのは見事だと思うし、私のように、昔のそっくりな引っ込み思案の時分をこの人に感じると、同情するというより、受け入れたいと思ってしまいます。

大野さんも丸谷さんも優秀で、その上男性だから、こういう気持ちは分からないかなあ。

 

最後にちょっと奇天烈なことを書きます。

当時は一人の女性の所に複数の男性が通ってきていたんだけれど、彼女たちの処女性というのを男性たち(または周りの人たち)はどう思っていたんだろう。

末摘花は光君に会ったときは、絶対に処女だったと思うんだけど、ほかの女性たちはどうだったんだろう。

同時代の女性たちが書いた日記などにも、そういうことは全く書かれていない。

これも、儒教や仏教(後にはキリスト教)があまり浸透していなかった、古代的な日本のいいところだったのかしら。

そういう事が問題になるのは、この後の時代ですよね。

そう考えると、昔の人のおおらかさが好きだな、と思いました。

 

そう言えば思い出した。

バロックダンスに夢中だったころ、フランスはルイ14世(太陽王)について、いろんな本を読みました。

王様が結婚式を挙げた夜、従僕(だったか、もっと責任がある人だったか)の一人が、寝室に待機していて、王様がちゃんと行為をしたかどうか見届けて、外で待ったいた人たちに報告したんだそうです。

その時、ルイ14世は行為を朝まで何度も繰り返し、みんなをびっくりさせたとか。

王様というのは、個人ではなく、国を繁栄させるためにいるもので、本人も、その役割を自覚していたみたいです。それにしても凄いなあ、と思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近リーサが見つけたお気に入りの場所です。

 

 

私のお気に入りでもある。

先に占領したものが勝ち。

今日はリーサに取られてしまいました。

 

こうなったら、台所に行って「リーサ!」って呼べば、飛んでくるから、すぐ空くんだけど、よく寝てるしなあ。ちょっとかわいそうかな。

 

「朝顔につるべ取られてもらい水」

 

しゃーない。どっか他で座るか…

 

 

 

 

 

 

 

さーて、いよいよ末摘花ですよ。

 

大変血筋のよいお姫様が、父を早くに亡くしたために落ちぶれて暮らしていると聞き、早速会いに行ってみます。

どこかで読んだことがあるんですが、当時はお互いに顔を見せないで会った。で、何度か会って、いよいよOKとなると顔を見せ合う。

 

で、このお姫様、すごい恥ずかしがりやで、源氏が言ったことにもなかなか反応しない。

つまりロマンティックな歌のやり取りなど起こらないのですね。

庭も荒れ果てたまま、家もボロボロ。部屋の家具も、お父さんが生前に彼女のために作らせた、すばらしいけれど、もうアンティークになってもよいものがずらりと埃を被っている(式部さん、この辺をやけに詳細に、目に見えるように描いています)。

 

それである月夜に、光君は縁側に座って月を見ながら、なんとか横目で彼女の顔を見ることができた。

それが恐ろしいほどの醜女だった。

「まず目に入るのはその座高の高さ。やけに胴長に見えるので、ああやっぱり、と胸がつぶれるような気持になる。その次に気になったのは、その異常な鼻である。真っ先に目につく。普賢菩薩が乗っている象が思い浮かぶ。あきれるくらい高く長い鼻で、先の方が垂れて赤く色づいているのがなんとも不細工である」

 

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(平安時代の象の置物。彼女の鼻はこんな感じだったのか…)

 

姫君の描写はまだ続きます。

「頭のかたちや髪の垂れ具合は、見事に美しく、光君が申し分ないと思っている女たちと比べても引けを取らないほどだ。髪は袿の裾に落ちて、その先に一尺ほども長くのびている」

しかし、着ているものは、古臭くて、「ひどく色あせた襲(かさね)を一揃い着て、元の色がみえないほど黒ずんだ袿を重ねて着、表着には、つやつやしている立派な黒貂の皮衣に香を焚きしめたものを着ている」。

式部さん、なんか楽しそうに書いてますね。実に写実的で、目に見えるようです。

黒貂のところで、とうとう私は笑い出してしまった。

光君がこれにショックを受けてしまうのが、目に見えるよう。

頭中将に知られたらみっともないなあ、などと考えている。

 

しかし、これが光君の面白いところ。

「もしあの姫君が人並みの平凡な容姿ならば、忘れ去ってしまっただろうが、あの異様な姿をはっきりみてしまってからは、かえって哀れに思え、光君は暮らし向きのことも始終気を配るようになった」

で、黒貂なんか着ないでも済むように、絹、綾、綿などをお付きの女房達にまで贈ってあげる(人並みの容姿だったら、忘れてしまうけど、ここまで異常だと、かえって興味を覚える、というのが、この人相当なもの好きだなあ、と思ってしまいます。)

そうしたら、年の暮れになんと彼女からも光君に衣装が送られてきた。

それがまた、実に野暮で古臭いので、光君は笑ってしまう。

 

この後、二条院に戻った光君は紫の君と遊んで、ふざけて鼻の頭を赤く塗り、幼い紫の君が、取れなくなるのではないかと心配するところで、末摘花の巻は終わる。

いやー、式部さん、人が悪い。

 

私には、この姫君の気持ち、とてもよく分かるんです。

ドイツでは最初にハンブルクの家族の所に住み込んでいて、そこの主(あるじ)が、日曜日になると、家の者全員を引き連れて、レストランに連れて行ってくれるのです。

これが、私にとって苦行でした。

奥さんがとても親切な人で、私がまごまごしてると、手取り足取りで教えてくれるのです。自分のお皿に取り分けるときに注意することとか、おじゃがはナイフで切っちゃダメとか。ナイフとフォークの使い方まで(なにしろ日本ではご飯はもっぱらお箸で食べていました)。

奥さんは「まるで娘ができたみたい」と喜んでいたのですが。

 

でも、先ずは注文する時が難しかった。

今日のおすすめに魚と肉があって、その他の料理がずらっと並んでいる。

奥さんが全部説明してくれて、どれにする?って聞いてくるんですね。

ここで私は末摘花になってしまう。

恥ずかしくて、頭が固まってしまい、何が欲しいのか分からない。

こんなつまらないことでも「自己主張」できないのですね。

数週間たって、これじゃいけない、と思いました。

それで好でも嫌いでもいいから、今日はこれ、と狙いを付けて頼みました。

おいしいときもあるし、時にはすごく変な味付けで、「あ、これは嫌いだ。もうたのまないぞ」というように、少しづつ慣れていきました。

 

最初の頃の私を思い出すと、本当にこの姫君の気持ちが痛いほど分かります。

ちょっと信じられないけど、他人事じゃないんですね。

今は随分ずうずうしくなって、解らないのは、私が悪いんじゃなくて、相手が悪い、ぐらいに考えるようになりました。そうすると、気が楽になります。

おかしいでしょ。

 

さて、これから大分先の章、蓬生という巻で、その後の末摘花のことが書かれています。

 

それは次回で。