箱ハコアザラク:ローリング・ストーンズ(1989) | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

箱ハコアザラク:

The Rolling Stones/ Singles Collection: The London Years(1989)

 1990年代に私が買ったCDのボックス・セットについて書く「箱ハコアザラク」のコーナーです。
 CDショップの一角で、ふんぞり返るように並んでいたデカくて四角いアイツら。目に入ると引き寄せられて手に取ってしまった、黒魔術ならぬ箱魔術の数々を思い出して綴ります。

 今回のトピックは、ローリング・ストーンズがアメリカのロンドン・レコードからリリースしたシングルで編まれた『シングル・コレクション(ザ・ロンドン・イヤーズ)』です。1989年の8月15日に発売された3枚組のボックスで、数曲の例外を除いて実質的には初期ストーンズのコンピレーション=ボックスと言えます。
 私が本作を買ったのは発売から5年後の1994年でした。中古の輸入盤です。この『シングル・コレクション』は前年に通常のプラスティック・ケース仕様で再発されていたので、LPサイズ仕様を今買わなきゃとの小さな焦りが芽生えたのかもしれません。
 1987年あたりから初期ストーンズのアルバムを輸入盤CDで少しずつ集めだして、ある程度そろったのが1989年でした。そこにこのボックスがリリースされたものですから、「うわっ、そういうことは先に言ってよ!」という気持ちにもなります。89年の私はストーンズ以外にも聴いてみたい音楽が山ほどあったので、とりあえず箱は後回しにしました。

 でもCDショップに行くたびに気になって、チラチラと見てはいたのです。収録曲を確認すると、聴いたことのないものも入っていました。未知の曲のミステリアスな磁力が、Jumpin' Jack FlashやBrown Sugarなどの超有名曲のタイトルにも及んで、やけにワクワクしたりしました。あれはどういう錯覚なのでしょう。自分の体験していないJumpin' Jack Flashの輝きが得られるかもしれない、なんて思ってしまうんですね。
 ボックスの外観も魅力的でした。オモテ面にはレコードのジャケットが白黒でズラリと並び、ゴチャゴチャしているんだけど、『メインストリートのならず者』のパッケージ・デザインを想起させたりもして、ストーンズの荒削りなカッコよさと合っています。バンド名とアルバム・タイトルが赤で、斜めにポンとあしらわれているのも、無造作とスタイリッシュが同居していて、これもストーンズらしい。LPサイズの箱の厚みもよくて。いかにも初期の歴史が詰まっている感がしました。
 こういうのが箱魔術なんです。気になって手に取ったが運の尽き、いつか買う日が来る。いや、おまえはもう買っている!──時間がたって本作を中古で見つけた私が財布の紐をゆるめたのも、忘れた頃に箱魔術が効いたのでした。

 ボックス・セットというものは、若い探究心が沸騰している最中よりも、それがいったん鎮まり自分の中で咀嚼できてから向き合うほうがいいような気がします。
 本作が発売された1989年の私は、1970年代のストーンズ黄金期からブライアン・ジョーンズ在籍時に興味が伸びて、それがさらに他の音楽へと止めどなく波及していく日々を過ごしていました。音楽に対する欲望に取っ替え引っ替えで手がつけられない、ガツガツした状態。そんなところに初期の『シングル・コレクション』を浴びても、隅々まで味わえなかったはずです。
 中古で入手した1994年ともなると、ストーンズに対しては、ある程度の余裕が自分の中に生じていました。その年、彼らは『ヴードゥー・ラウンジ』という新作を発表し、翌年には2度目の来日をはたします。「奇跡の初来日」(1990年)を迎えた興奮は収まっていて、日本のファンがストーンズの先行きに向ける視線も落ち着いていたと思います。その心地よい安定感が、私にとっては『シングル・コレクション』を買うのにも適していたのです。

 そうです。本作がリリースされた1989年はストーンズ史でも特別な年でした。1986年の『ダーティ・ワーク』以来となるアルバム『スティール・ホイールズ』がリリースされたのが8月29日。ストーンズの再始動を告げるアルバムで、明くる8月30日からはフィラデルフィアを皮切りに大規模なワールド・ツアーが開幕しました。そしてこの『シングル・コレクション』が発売されたのは、そうした再始動の2週間前、8月15日だったのです。便乗商法と呼んでも差し支えないでしょう。
 本作のレーベルはアブコで、そこの親玉はアレン・クラインです。ビートルズを攪乱したことで悪名高いビジネスマンですが、初期ストーンズもこの男に翻弄されました。ストーンズが1970年に自分たちのレーベルを立ち上げる前の音源の権利を、クラインに握られてしまったのです(ジョン・レノンはアブコ=abkcoのことを、grabkcoすなわち”ぶんどり会社”と皮肉るようになりました)。『シングル・コレクション』にはローリング・ストーンズ・レーベルからのシングルであるBrown SugarとWild Horsesが入っているのですが、じつはこの2曲の権利にもアレン・クラインがちゃっかり手を出していました。

 ミック・ジャガーがビジネスにうるさいのも無理ないのです。この手合いのトップ・クラスと闘ってきたわけですから。

 そのような裏事情を1989年の私は知りませんでした。ストーンズが解散せずにニュー・アルバムをリリースするのは嬉しいな、この機会に初期のストーンズをボックスでまとめるとは気が利くな、といった程度にしか受け止めていませんでした(こういう人間がいちばんカモにされやすい)。
 実際にCDショップに行くと、この箱が「ブライアン・ジョーンズ時代のストーンズも凄いんだぞ」と言わんばかりに陳列されていました。その存在感はなかなかのもので、やはり何度か手に取って眺めさせるだけのインパクトがありました。

 あるいは、その「ブライアン・ジョーンズ時代も凄いんだぞ」は、初期の『ローリング・ストーンズNo.2』や『アウト・オヴ・アワ・ヘッズ』を好む私の個人的な声だったかもしれません。それらのアルバムが私にとってのリズム&ブルースの入り口だったので、尊敬する先生の若き日の偉業にスポットライトが当たったみたいで、我が事のように鼻を高くしたのです。この箱を店頭で見かけるたびに覚えた嬉しさは、どうもそんな気持ちから来ていた気がします。

 
 ところで、ストーンズは2024年現在までにボックス・セットにカテゴライズされるパッケージを何種類も出してはいますが、それらはシングルやアルバムを「集めた」箱です。いわゆるコンピレーションとして、通史を柱に「編まれた」ボックスとは異なります。もちろん音源の網羅という点では「集めた」が「編まれた」を上回るし、紙ジャケ仕様のシングルやアルバムが「収納」されていると、コレクター心理をくすぐったりもします。
 ただ、この「箱ハコアザラク」コーナーでは、その種のミニチュア&レプリカを「収納」したCDボックスは対象としないつもりです。あくまでコンピレーションが発展した形で、通史を3巻とか5巻とかに分けたボックスを重視します。
 その意味では、ストーンズのディスコグラフィーで初の、LPやシングルを「集めた」のではなく「編まれた」ボックスがこの『シングル・コレクション』だったのでないでしょうか。

 制作の意図はあまり崇高なものではなく、アブコの商魂が大半を占めていたのだと思います。それは間違いないでしょう。ミックも「またかよ」とボヤきながら、新譜とワールド・ツアーの盛り上げ役にはなるだろうし、仕方ねえなと苦笑いを浮かべたか。
 ミックの「またかよ」を想像するのは、アレン・クラインがストーンズのコンピレーションで金儲けをするのは、この時に始まったことではなかったからです。1972年に出た『ホット・ロックス』がそうで、そのヒット後に二匹目のドジョウを狙って作られた『モア・ホット・ロックス』もしかり。1975年の『メタモーフォシス』というレア音源集もその枠に入ります。


 しかもそれらが滅法いい内容なのです。そりゃあストーンズだからなんですけど、その3つのコンピレーションに収録されたキラー・チューンとレア曲をあわせれば、『シングル・コレクション』箱全体の力と拮抗します。なんなら、ローリング・ストーンズ・レーベルになってからのコンピレーション(『メイド・イン・ザ・シェイド』『サッキング・イン・ザ・セヴンティーズ』など)よりも良いくらいです。
 と言いますか、私は『シングル・コレクション』が出る前から、裏ジャケットに記されていたabkcoの文字の意味も知らずに、初期ストーンズのアルバムをアメリカ盤CDで買っていたんです。そうやって聴いた『12x5』や『ディセンバーズ・チルドレン』のカッコよさに震えていました。『モア・ホット・ロックス』で聴いたPoison Ivyのカヴァーとか、たまらなかったものです。

 1960年代のストーンズが、ブルースやリズム&ブルースの沼から新時代のロックの手がかりを掴み、そこから紆余曲折しつつも磨きをかけてゆくプロセスは、この『シングル・コレクション』で一気に聴くことができます。

 ストーンズが再始動した1989年に、初期の彼らをまとめたコンピレーションは有用でした。しかも解散の危機を乗り越えての再始動とあって、それはこのくらい大きな箱で良かったのです。『シングル・コレクション』は、機を見るに敏な商魂の産物であり、その「機」がまさに到来していたのが1989年だったのでした。

 それはCDボックス・ブームの序章の年でもあって、そのフォーマットの可能性と比して、本作には練りの足りないところもあります。トリヴィアの面では注目ポイントを挙げられますが、新たな発見や解釈をもたらすほどの制作者の視点は感じられません。
 アレン・クラインがストーンズばりに深く音楽を愛していたかというと、そんなことはないでしょう。彼は単に算盤をはじいて、この曲とこの曲を入れてコンピレーションが一丁あがり、てな具合で関わったのです。それで1972年には問答無用にカッコいい『ホット・ロックス』が生まれて、1989年には『シングル・コレクション』のボックスもファンのもとに届きました。
 算盤の勘定高さに導かれた企画が見事に初期ストーンズの姿を捉え、彼らのコダワリも青いスター性も、まだ不器用で愛おしいポップネスも、徐々に花開かせる流れに心が躍ります。愛が制作の動機にはない本作を楽しめるのは、ストーンズの成功もまた、ピュアな情熱がクリエイティヴな上昇志向や商売っ気と反応しあって築かれていったからではないでしょうか。そのことも実感できるボックスです。