2ヶ月前に「ビートルズの20曲」という記事を書き、ロック・ヒストリー上の価値や意義を無視して個人的に大好きな曲を20選しました(記事はこちら)。
じつはそれを選んでいる段階で、自分の嗜好に偏りすぎてるよなあと躊躇する気持ちもあったんです。あのリストを見た人の中には、「あくまで個人の好み」という基準を読み落として、「なんであの曲が入ってないんだ!」と不満をおぼえた人がいるかもしれません。ああいう企画に正解なんてないのですが、個人の好みだけを基準としたセレクションというのも、それはそれで不十分だったりするのです。
ということで、今回はビートルズの日本での超有名曲を10選します。誰もがどこかで一度は耳にしたことのあるビートルズ・ソングのセレクション。マニアからすると聞き飽きた感を催す曲ばかりですが、世に言う「ビートルズ・ソング」とは、そういう広い裾野で認知されている曲を指すのではないでしょうか。
いちおう、ネットで見かける人気投票を参考にはしましたが、2023年ともなると超有名曲以外にもランクインするケースがあるようです。もちろん、その心情は私にも理解できます。しかしながら、Wild Honey PieとかYou Know My Name (Look Up The Number)を推したい心情は、今回の10選のように裾野に目をやる場合、考慮の外に置かざるを得ません。ここではもっとベタな、バッタモンの『ビートルズ・フォーエヴァー』みたいなCDに入っていそうな曲を選ぶことにしました。入門する気がなくとも曲を知ってるのがビートルズの凄さでもあるんですから。
1.Let It Be
2.Hey Jude
3.Yesterday
4.All You Need Is Love
5.Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
6.A Hard Day's Night
7.Twist And Shout
8.Ob-La-Di, Ob-La-Da
9.The Long And Winding Road
10.Something
すごい!有名どころが並びました。カヴァーも入ってますが、これらの10曲をひとつのグループが発表したんですから、そりゃもう大変な偉業です。肝心なのは、最初からこうではなかったということ。私は初期の彼らの音楽が大好きだけれど、その時点でAll You Need Is Loveは作れなかったんです。
これらの曲はジャンルを問わず数多のミュージシャンにカヴァーされたり、テレビの番組やCMで使われたり、英語や音楽の教科書に載っていたりもしました。そのへんは世代によって記憶も異なってくるでしょう。1968年生まれの私にとっては、Yesterdayは子供の頃にオルゴールで聞いたのが最初。Let It Beはなんとなくラジオで知った後、ジョン・レノンが亡くなった際にしょっちゅうメディアで流れていたし、映画『悪霊島』の主題歌にも選ばれて、毎日CMでサビを聴きました。The Long And Winding Roadは高校の英語の教科書の「ビートルズとポピュラー音楽の革命」みたいなチャプターで、なぜかこの曲が紹介されていました。そんなふうに、きっかけを思い出せます。
先述のとおり、順位はホントに適当なのですが、10位から見ていきます。
10.Something
ジョージ・ハリソンの曲なら、どっちかな?という感じですけど、あっちはタイトルが長いから日本ではおぼえられる人が多くない気がします。おぼえる人は、ある程度のビートルズ・ファンではないかと。weepって日本人に馴染みがない英単語ですからね(whileもそうか)。
しかし、どっちが日本人好みかとなると、メロディーがマイナーなあっちのほうだと思います。こっちのSomethingはメジャー・セヴンスのコードが利いていて分数和音がいっぱい出てきます。ジャズの分野でカヴァーされるのも、こっちが多いです。面白いのは、ジョージってヴォーカリストとしては音域が狭いので、こういうコード上の工夫でメロディーに独特の抑揚をつけていくんですね。それがジャズでは「おっ、やるじゃん」と評価されるという。
じつはこの曲が認知されている度合いは私の体感といいますか、カヴァーで聴く機会も多いので、なんとなく知名度が高い印象があるのです。ちゃんと統計を取ったら、もっと低い結果もあり得ます。なのに、あっちの曲が2枚組アルバムの中でキラリと光る珠玉の逸品みたいな美しさがあるのと比べると、こっちはピンでビートルズ末期の名曲に数えられます。実際にとんでもなく良い曲です。
普遍性の高いラヴソング。「ギターが泣いているんだ」がジョージのパーソナルな領域を想像させるのに対して、「彼女を特別に見せる何か」はもっとオープンに、誰が歌っても美しい曲です。共通して言えるのは、ジョージの歌が自身を大声で主張していないこと。どこか奥ゆかしい。まるで四季の移り変わりを眺めるように、美しさの持つ強さと儚さが織り込まれています。そういう感覚が日本人の感性に通じるのか。私たちはこのメロディーの奥にジョージのワビサビを感じ取るのかもしれませんね。
9.The Long And Winding Road
フィル・スペクターによって流麗で壮大なバラードに仕上がったことをポールは不満とし、21世紀になってからアレンジのシンプルなヴァージョンを蔵出しました。
ポールの不満も理解はできます。が、作者の意図しない形で人口に膾炙し、しかもそれが広く親しまれることもポップ・ミュージックの世界では起きるのです。
私の感想を述べますと、趣味的に和めるのはシンプルなほう。なるほど、ポールはこの親密な空気を想定していたのだなと納得します。でも、もはや耳がフィル・スペクター・ヴァージョンに慣れてしまいました。♪ザ・ロ~ンガ~ンワインディ~ンロ~♪ジャッジャ~ン、あの『ミュージック・フェア』的なシオノギ臭が、好むと好まざるにかかわらず、この曲と切り離せません。
ビートルズがクレイジーなロック・バンドだったことを知ると、脱臭剤を用いたくもなりました。大げさです。こんなのより、Dig A PonyやOne After 909のほうがビートルズらしい。The Long And Winding Roadは思春期の私の敵になりました。英語の教科書に載っていたのも人畜無害の動かぬ証拠。先生もTomorrow Never Knowsより教材として扱いやすい。
だけど、これもビートルズなんだと今は考えています。首尾よく運ばなかったことも含めてビートルズ。だから私はシンプルなヴァージョンに和みながらも、「じつはこうしたかったんだよね」とそれを正調に位置づけようとするポールの姿勢には疑問をおぼえました。こうだったら良かったのに、と思う気持ちはあるけれど。
はじめて青盤でこの曲を聴いたとき、やり過ぎなくらいにメロディーの美点を聴き手にガイドするアレンジに私も引っ張られたのです。なんて綺麗な曲なんだと、うっとりしました。
これを敵視する物差しは、今の私には大して役に立ちません。この曲に流麗で壮大なアレンジが付いていて、とりあえずは良かったのではないかと思います。
8.Ob-La-Di, Ob-La-Da
これは「ビートルズだと知らずに、聞き覚えがあった」曲の上位にランクインするのではないでしょうか。
私もそうでした。『みんなのうた』でフォーリーブスがカヴァーしていたのです。ビートルズということなら『ピンポンパン』でAll Together Nowの日本語版が歌われていました。あれもOb-La-Di, Ob-La-Daも、子供が音楽にあわせて体を動かしやすい曲です。
これがカリプソを意識して作られた曲なのか、なんとも言えません。どちらかというとロック・ステディっぽい気がするし、歌詞に登場するデスモンドはジャマイカふうの名前ですが、タイトルのフレーズはポールが仲良くしていたナイジェリア人のミュージシャンの口癖だそうです。
イギリス人がざっくりと想像する南の国のサウンド。そのくらいの大雑把さが曲のおおらかさに繋がっています。それゆえに、子供のお遊戯にはハマるだろうけど・・・と軽視する人もいるようです。お気楽な曲調であることは間違いありません。
私はこれを嫌いになったことがないんです。むしろ、ずっと好き。
青盤でビートルズの曲だと知るまでは、外国の民謡みたいなイメージを持っていました。それでビートルズの曲として向き合うと、ポールのリード・ヴォーカルがすごくホットなんですね。彼はもっと肩の力を抜いてユーモラスに歌えるのに、けっこうな馬力でシャウトしています。
お気楽なセンスを醸し出すのは、ジョンとジョージが賑やかす合いの手やナンセンスな言葉です。これが楽しい。そのすべてを暗記して挿めるビートルズ・ファンは私だけではないでしょう。たとえばポールが「彼女と手を繋いで」と歌うと、ジョンとジョージが「腕!」「足!」と茶々を入れるのですが、その声色やタイミングが絶妙に音楽的なのです。笑い声ひとつとっても、ちゃんとビートルズのリズムとアクセントを泳いでいます。それらを後ろに散りばめられて熱唱するポールが愛おしい。
馬鹿にしたものではありません。ビートルズのユーモアがわかりやすい形で伝わる曲です。だけどこれ、リンゴが愛嬌一発のリード・ヴォーカルで歌ってもよかった。
7.Twist And Shout
アイズレー・ブラザーズのカヴァーですが、原曲まで遡って聴いている人は、熱心なビートルズ・ファンかソウル・ミュージックのファンです。
ムンムンとした色気がこもっているのは原曲のほう。危ない狂おしさもそちらが上です。
ビートルズのヴァージョンは、原曲にこもっていた色気をストレートに発散させています。若者の汗がワイルドに飛び散るヴァージョンです。よって、清々しくもあります。
なかなかこう、モータウンのミュージシャンのように濃やかなグルーヴを生むまでには行かず、ダンス・ミュージックの機能性の点では原曲に届いてないとも言えます。
けれども、別の天井に届いて突き破ったカヴァーです。ロック・ヒストリーの上では、そこがとても重要。なにせビートルズにはジョンがいました。それがいかに強力な武器だったのかを思い知らされます。
このヴァージョンを私も含めた後世の人間が聴いて、録音はモッサリしてるなと思いつつも、デビューの段階で破格の才能を感じずにおれないのは、ジョンのシャウトが凄まじいから。それを支えて交歓するバック・コーラスも、学校帰りの高校生みたいに意味なくエネルギーが溢れていていい。
「Love Me Do問題」とでも呼べるデビュー曲の出来栄えが、ビートルズにはつきまといます。出来栄えというか、あれは何をしたかったんだ?という謎ですね。テレビでリヴァプールが特集されて、街並みの風景にLove Me Doが流れると、なぜその曲を使う?と言いたくなります。
その点、そこに流れる曲がTwist And Shoutだったら、カヴァーだけど安心します。グルーヴでは原曲に及ばなくとも、これはビートルズ印が明確に捺されたカヴァーだからです。このヴァージョンを聴いてから数年後、私はソウル・ミュージックのファンになって、そうするとロック・バンドがカヴァーした演奏は粋さが薄れているなと思いました。でもビートルズのTwist And Shoutや、それを受け継いだロックの流儀はこれでいいと確信もしました。
広く伝わり、突き刺さるカヴァーです。Rock And Roll Musicとどちらを選ぶかを迷ったすえに、今回はこちらを。
6.A Hard Day's Night
これもテレビの「リヴァプール特集」では定番の曲です。私の世代の関西人には『突然ガバチョ!』の主題歌としても知られています。
タイトルを正確に知らない人はいるでしょう。でもあのイントロが鳴ってジョンが♪イッツビ~ナ♪と歌いだすと、「おっ、ビートルズだ」とわかる。
ビートルズがアメリカを筆頭に世界進出をはたしたシングルはI Want To Hold Your Handです。あれもすごく良いし、当時ティーンエイジャーだった人には思い入れもあるのでしょうが、その衝撃度が後世にまで伝わるかとなると、さすがにそれは薄れています。
A Hard Day's Nightならば、リリース時にどれほど新しい音楽だったかを、まだ想像しやすいです。リズムがタイトに絞ってあり、スピード感を備えています。私はI Want To Hold Your Handも好きだけど、あれに熱狂と興奮はおぼえませんでした。いっぽう、A Hard Day's Nightは曲を動かすモーターが経年劣化しないんです。
いつの時代にも、この曲の特別さが有効な場所がある、とでも言いますか。古いっちゃ古いけれど、昔誇っていた新しさが、なんらかの形で気分を高揚させます。その高まりのピークが1960年代と変わらないとまでは行かないにせよ、やっぱり今でもこの曲の疾走感はカッコいいんです。
メロディーにジョンの渋い声質を活かしたポイントが散りばめられてあります。とくに"And I've been working like a dog"の「ワ~キ~ン」の「キ~ン」。ブルージーに屈折した箇所で、ジョンの声の渋みとともに、やや疲労感のあるリアルな息づかいを溌溂としたビート感の奥に潜ませています。
全体がキャッチ―だし、ポールのリードするパートがマイナー・コードを織り交ぜて一層メロディアスなので、ブルージーな疲労感は前に出ていません。ここで服のシワ程度に刻まれた疲れやボヤきは、それすらも若いエネルギーに変換されて活力いっぱいに疾走しています。
5.Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
ここ日本でとくに知名度の高い曲です。
村上春樹の『ノルウェイの森』が出版されるまで、Norwegian Woodは地味ながら独特の雰囲気を持つ曲として聴かれていました。しかもオリジナル・アルバムの『ラバー・ソウル』以上に、赤盤や『ラヴソングス』のようなコンピレーションのほうで聴いていた人が多かったはずです。ビートルズのLPを買ってみたら入っていた、そういう温度で接するタイプの曲だったのです。それが村上春樹の大ベストセラーによって、この曲の入っているアルバムを求めてレコード店を訪れる人が増えました。
あの小説が世に出た1987年はビートルズのオリジナル・アルバムが初めてCD化された年でもありました。2月に『プリーズ・プリーズ・ミー』から『ビートルズ・フォー・セール』までの4枚、4月に『ヘルプ!4人はアイドル』『ラバー・ソウル』『リヴォルヴァー』の3枚、6月に20周年を迎えた『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、8月に『ザ・ビートルズ』と『イエロー・サブマリン』。そして村上春樹の『ノルウェイの森』は9月4日に発売されました。Norwegian Woodはそんなタイミングに恵まれて知名度を上げた曲です。
イギリスのトラッド・フォークの色濃いメロディーと、乾いた会話の裏で進む男女の駆け引きを描いて艶笑譚的でもある歌詞、ぼんやりとした不全感を漂わせて歌うジョンのヴォーカル、それらに不条理劇の輪郭を与えるジョージのシタールの響き。索漠としたイメージを聴き手の心に映し出します。
1987年というバブル景気の市井における始まりの時期に、この曲を自らの作品に接続させた村上春樹のセンスは見事でした。世の中が浮かれだしていたからこそ、気づかないところで空虚さも広がっていました。この曲の奇妙な落ち着きと白茶けた空気は、安定した社会に流し込まれてハッとさせられるものなのかもしれません。
4.All You Need Is Love
1967年に放送された衛星中継のテレビ番組『アワ・ワールド』用に、ジョンが作った変拍子だらけの曲。偉業であり、異形とも形容できる曲です。
1967年のジョンは2月にStrawberry Fields Forever、6月に『サージェント・ペパーズ・~』、7月にこのAll You Need Is Loveを発表しています。ちょっと凄すぎますが、同じ時期にはポールのクリエイティヴィティも大変なことになっていたので、ほんとにビートルズはクレイジーなバンドでした。
変拍子と転調はソングライターが挑戦してみたくなるハードルなのでしょう。私みたいな凡人でも、その二つに凝ったことがあります。そして、なんかカクカクして流れの悪い曲しか書けませんでした。基礎も満足に出来ないうちから奇想を欲張ると、そういうことになります。
ビートルズの場合は奇想が奇想のままで終わりません。必ずと言っていいほど、そこでせつなくさせたりウットリさせたりワクワクさせたり、「うわっ」と気持ちよくさせます。
このAll You Need Is Loveもしかり。なにも知らずにこれを聴いて、拍子の変化を気にする人がどれだけいるでしょうか。それどころか、この変拍子が普通に聞こえます。こうでなくちゃ納得できない、とさえ思えてきます。歌詞には二重否定が並んでいて符割りも無理矢理なのですが、聴いていて楽しい。
サビのメッセージとメロディーがまたシンプルで強力です。これに絶対的な自信があったから、ややこしい回路も嬉々として設けたような、そんな愉快な企みの表情で曲全体が輝いてます。笑って弾んでます。
その笑顔が、なによりもこの曲を人懐こくしています。斬新な創意工夫と大衆性の両立。ミック・ジャガーが「参ったな。かなわねえな」という顔でコーラスに参加しており、ジョン・レノンはガムを噛みながら歌っていました。
3.Yesterday
さあ、ここからの上位3曲は正真正銘の「みんな知ってる」ビートルズ・ソング。今までも有名曲ばかりでしたが、裾野が一気に広がって、もう富士山から遠く離れた地点にまで達します。
順位もますます適当なんですけど、私の体感ではHey JudeやLet It Beと比べてYesterdayは、タイトルはともかく、曲をちゃんと聴いたことのある人は年々減っているような気がします。
あくまで個人的な仮説を言うと、1987年にビートルズが初CD化されてイギリスでのオリジナル・アルバムが基準になるまでは、Yesterdayもごく普通に編集盤で聴かれていました。そう、ビートルズ受容の裾野においては編集盤がポピュラーな時期が長かったんです。赤盤は持ってるけど『ヘルプ!』は持ってない人なんて、当たり前にいました。
ところがオリジナル・アルバムがビートルズ受容の基準となってからは、Yesterdayが徐々に一番有名な曲ではなくなったように思えます。1990年代のJ-POPに用いられたビートルズ色も、YesterdayよりもHey Judeに近い、楽曲構成とバンド演奏を強調したものに傾きました。そこにブリット・ポップのオアシスを加えると、Yesterdayの旗色が弱まったのも頷けるでしょう。さらに、イージー・リスニングが昭和の頃ほど人気を博さなくなったことで、その種の音楽のアレンジに向いていたYesterdayの居場所が狭くなったとも言えます。
もちろん、相変わらず超有名曲です。しかしこれをライヴでカヴァーするミュージシャンは、少なくともロックの分野ではほとんどいません。聴くにしても演奏するにしても、「今さら」感が著しく邪魔します。
だけど私は21世紀になって観たポールのソロ・ライヴでこの曲を聴いたとき、そんな「今さら」を超えた感激をおぼえました。ポール・マッカートニーがビートルズ・ソングを歌うと起きるマジックもあります(これはめちゃくちゃ大きい)。
でもそれだけではなかったんです。自分が音楽について何も知らなかった頃に、この曲が心の中に置いていったカードが、ポールの手でクルッと裏返されたような──陳腐な表現ですが──気分を味わいました。そしてその裏を向いたYesterdayに、最初にこの曲が書かれた時に湛えていたであろう、メロディーのピュアな悲しみを見る思いがしました。「今さら」の向こうにあるYesterdayの後ろ姿が垣間見えたのです。
これより素晴らしいビートル・ポールの曲はたくさんあるから、"I believe in yesterday"ってほどではないですが、私はこの曲の美しさを否定しません。
2.Hey Jude
私にとって、この曲こそが『ポンキッキ』で出会った代表的なビートルズ・ソングです。彼らの曲だとは知らずに。
それ以降も、ラジオやテレビで何度となく耳にする機会がありました。となると、自分でも好きなのか嫌いなのか判断がつきません。ただ、綺麗なメロディーの中に特別な仕掛けがあるみたいだな、と感じてはいました。
ビートルズに積極的な関心を抱いた頃にレンタルしたのが編集盤の『ヘイ・ジュード』。あのLPを”ジャケ借り”したときのことを綴った記事はこちらです。そこで曲の方のHey Judeをじっくりと聴き、あらためてそのメロディーに魅了されました。とくに"Remember to let her into your heart"の箇所です。ごく普通のコード進行なのに、その"Remenber"の箇所のシの音が、たまらなく涙腺を刺激して、これは何だろうと不思議でした。
歌詞もよかった。「自分で世界を冷たいものにして、それでいてクールに振る舞おうなんて、愚かなことなんだよ」の一節。無理すんなよ、弱音を吐いたっていいんだよ、ということ。当時高校生だった私には図星でした。今でも時おり思い出してドキッとします。
子供時代のジュリアン・レノンのためにポールが作った曲です。両親の離婚が避けられない状況になっていく5歳のジュリアンを、ポールは放っておけなかったのでしょう。この背景にこめられた優しさは、自分が齢をとればとるほど強く感じるようになりました。
そして「自分で世界を冷たいものにして、それでいてクールに振る舞おうなんて」は暗にジョンの気質を指してもいたはずです。ジョンのそういう内面を一番よくわかっていたから、その息子のジュリアンが心の傷を隠しているのが痛々しくてならなかったんですね。
名曲です。しかしながらこのHey Judeは、作曲のパーソナルな動機を音楽的な凄さが凌駕しています。ポールの優しさや幼いジュリアンの境遇に涙する暇などないくらいに、曲として圧倒的な完成度を誇っているのです。
しかもそれはHey Judeがポップ・クラシックになったがゆえの印象ではなく、おそらくレコーディングの時点でそうだったのです。いや、作曲が進んでエンディングをああいう形にしようと決めた瞬間に、ポール自身も初めに何を期していたのかを忘れたんじゃないでしょうか。ポールは音楽の神様のいるほうへと引っ張られていったのです。それで♪ナ~ナ~ナ~ナナナ~ナ~♪や♪ベターベターベターベター、ア~~~ッ♪が生まれ、リトル・リチャード魂が炸裂する♪ジュッジュッジュ、ジュルジュルジュルジュル、ワ~ウッ!♪が生まれました。
どれだけ聴き飽きても大傑作。とっくに飽きたと思った頃合いに聴くと、戦慄します。
1.Let It Be
ポール強いなあ、超有名曲になると。でもこれが、とりわけ日本では、ビートルズ・ソングでもっとも知られている曲であるのは確かです。この曲を収録した『レット・イット・ビー』がビートルズの最後のアルバム(・リリース)となったのは皮肉といえば皮肉ですが、散りゆく花を愛でる日本人の琴線に触れるのかもしれません。卒業ソングも人気ありますもんね。
まあとにかく、ジョンの訃報の際に、ポール作曲のLet It BeとYesterdayがラジオでほんとによく流れました。ジョンの曲ではImagine。で、翌年の秋になると角川映画の『悪霊島』のCMで毎日テレビから♪レリビ~♪です。私なんかは、おかげでこの曲を聴くと、中学生だった1980年代初頭のことを思い出します。
ポールのパーソナルな事柄を基にしているという点では、Hey Jude以上です。彼の少年時代に亡くなったお母さんのメアリー・パトリシア・マッカートニーがMother Maryに姿を変えて登場します。
そうした個人的な事情をメロディーやアレンジのポップネスが凌いでゆくのもHey Judeと共通してはいますが、こちらにはもっとポールの私的な感情が残されています。レコーディング時期は『アビイ・ロード』より前だけど、大半のリスナーはこれをビートルズの「卒業ソング」として意識します。
また、ロック・バンドのベーシックな演奏の魅力はLet It Beのほうがわかりやすいと思います。ジョージのギター・ソロはメロディアスにしてブルージーな好演で、フレーズがペンタトニックで構成されているだけでなく基礎的なテクニックを用いているので、ブルースっぽいギター演奏の入口の入口としても役に立ちます。
ロックの演奏のカッコよさが初心者にも通じるのはHey JudeよりもLet It Beのほうです。クリエイティヴな沸騰感では劣りますが、なんかシュッとしていてスリムでカッコいい。少し大人っぽい侘しさも、洋楽を背伸びして聴いてみたい思春期の若者の感性にフィットします。
この曲調に漂う侘しさをビートルズのロックの範疇に入れたくない気持ちが私にはあります。前期にあれだけソウル・ミュージックの活力を滋養としていた彼らが、ゴスペルの枠組みだけ採用して最後の花を咲かせて散らせたような空しさです。この曲の哀感をビートルズの音楽の内に認めたくないのです。
なのに、この曲を聴いているとビリー・プレストンをまじえたジョン、ポール、ジョージ、リンゴの姿が目に浮かびます。こうやって仕上げるまでに彼らがシェアした時間にまで想像は及びます。そうなると、もう弱い。私は単純にビートルズが好きだから。その弱みは青盤を聴いて盛り上がっていた気持ちに通じているし、もっと言うと、『悪霊島』のCMを浴びていた自分を連れてきたりもするのです。
以上、ビートルズの超有名曲を10選しました。ほかにもいろいろあったんです。Mr. Moonlightはビートルズ来日をリアルタイムで体験した世代には外せないだろうな、とか。後期を代表する曲の詰まった青盤にこっそり紛れているジョージのOld Brown Shoeの認知度はどんなもんだろう?とか。考えたらキリがないので、このへんにしましょう。
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