Bob Dylan/ Oh Mercy (1989) | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

 世界がここまでの混乱に見舞われていなければ、もっと大きな関心を集めたのでしょうが、この3月以降、ラップやR&Bを中心に優れた作品が次々と発表されています。
 曲でいうと、ドレイクが”うちで踊る”MVとともにリリースしたToosie Slide(これはTikTokで新しいダンスムーヴとなって話題を呼んでいますが)、フランク・オーシャンのDear April (Side A-Acoustic)。アルバムでいうと、ドン・トリヴァーの『Heaven or Hell』やジェネイ・アイコの『Chilombo』、チャイルディッシュ・ガンビーノの『3.15.20』、ザ・ウィークエンドの『After Hours』、DaBabyの『Blame It On Baby』、それにデュア・リパの『Future Nostalgia』などなど。
 いずれも素晴らしい内容で、もし近年のポップ・ミュージックに疎くなった人がいたら、この中のどれか一つでもいいからお薦めします。チャイルディッシュ・ガンビーノの『3.15.20』はロック・ファンにも聴かれてほしい問題作ですし、コロナ・ウイルス関連のニュースに触れすぎて気が塞ぎがちな人にはデュア・リパの『Future Nostalgia』がそれを吹っ飛ばすような活力を与えてくれます。

 これらの新曲やアルバムは、発表までのどこかの時点でパンデミックの問題に触発されたと想像させる作品もあれば、たまたま現在の時節と重なったと思える作品もあります。いずれにせよ、今、このタイミングだからこそ心身に響くものを持っています。私はチャイルディッシュ・ガンビーノに没入してはジェネイ・アイコやザ・ウィークエンドに包み込まれるように慰撫され、デュア・リパで気持ちを踊らせています。
 そんな折に、シンガー=ソングライターの大御所中の大御所、ボブ・ディランもまた何やらとんでもない動きを見せていて目が離せません。もうすぐ79歳になるディランは、3月27日になんと17分近い新曲のMurder Most Foulを、昨日(4月17日)には更なる新曲のI Contain Multitudesを発表しました。
 後者は今朝はじめて聴いたばかりなのですが、ウォルト・ホイットマンの詩の一節をタイトルに引用しています。曲調は1997年のアルバム『タイム・アウト・オヴ・マインド』のくすんだ色合いを想起させ、ヴォーカルには追想と後悔の苦みがあって、スタンダードのカヴァー・アルバム3作からの流れも感じさせます。
 17分近いMurder Most Foulは、ディランのデビュー時期ともほぼ重なるケネディ大統領暗殺を題材に、イマジネーションを駆使して現代へと意識の照準を合わせていきます。そこに働いているのがタイトルのMurder Most Foul(”もっとも卑劣な殺人”。シェイクスピアの引用)という言葉であるようです。ヴォーカルはほとんどお経に近く、ディラン入門にはハードルが高いかもしれませんが、鍵盤や弦が空気を震わす演奏をバックに「ベートーヴェンの『月光』を嬰ヘ長調で弾いてくれ、『キー・トゥ・ザ・ハイウェイ』をかけてくれ、『マージー河のフェリーボート』をかけてくれ・・・」と様々なジャンルの音楽をリクエストしてゆく段では、諦念と祈りが絡み合った複雑さと、表現の力をもって現実に臨もうとする意志が胸を揺さぶります。

 チャイルディッシュ・ガンビーノやザ・ウィークエンドやドレイクの新作と並べても強度が劣らない。世界中を絶望的なレベルで震撼させる一大事にあって、ディランがこうまでヴィヴィッドなアーティストであり続けることに私は心を底部から支えられる思いでいます。
 しかし、そう「あり続ける」ことが困難になった時期もありました。とくに1980年代の後半は本人も認めるように創作のスランプに陥っていました。『エンパイア・バーレスク』(1985年)、『ノックド・アウト・ローデッド』(1986年)、『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』(1988年)、それにライヴ盤の『ディラン&ザ・デッド』(1989年)とイマイチな作品が続いて、ちょうどその時期にディランの過去作を追いかけだした私は、自分はディランの新しい傑作に出会えない世代なのか?と歯ぎしりしたものでした。
 実際には今挙げたアルバムにだって悪くない部分はあるんです。でも、それはある程度に音楽を聴いた現在だから言えることでもあります。『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』から『ディラン&ザ・デッド』あたりはレコード会社からの扱いも低かったし、ハタチ前だった私にしてみれば『ブロンド・オン・ブロンド』に感激している傍で『ノックド・アウト・ローデッド』はやっぱりキツかった。

 そんなスランプが終わって、ファンに1990年代に向けてのディランに対する希望の光が見えたアルバムが1989年の秋にリリースされた『オー・マーシー』でした。2005年に出版された『ボブ・ディラン自伝』でも重んじて語られているこのアルバムは、ディランがディラン自身を新たに掴み獲った作品だと言って間違いないでしょう。
 当時、ディランの話ができる友人は1人か2人に限られていたのですが、新作や近作が話題にのぼる事は滅多にありませんでした。「『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』って意外と楽しいよね」「ああ、まあね。ところで『地下室』なんやけど・・・」、そんな塩梅だったのです。
 それが『オー・マーシー』の時は違っていました。「なんか、久しぶりにシャキッとしてるな」「ダニエル・ラノワがプロデュースしたらしいな」「ニューオーリンズで録音したのか」と、完全復活には未だ眉唾であったとは言え、このアルバムはとても良いという点では意見が一致し、話も弾みました。
 
 何がそんなに話を弾ませたのか。まず、曲が簡潔にして充実していること。それから、バックの演奏と音響上の創意工夫が曲とディランの歌に新生面と呼びたくなる息吹をもたらしていること。そして、なによりもディランのヴォーカルに抑制を利かせながらも真摯な熱がこもっていること。
 これらを平たくまとめると、ちゃんと、じっくりと、確たる狙いを定めて作られたアルバムだったということになります。
 先述した80年代後半のスランプ作はそこが甘かった。『エンパイア・バーレスク』は時代に即したミキシングという点では狙いを持っていたものの、それとディランの音楽との相性は極端に悪かったし、ほかのアルバムは過去のストックからの蔵出しを混ぜたり、ゴスペル調のバック・コーラスが曲を覆ってしまったり、友達ノリのセッションがクリエイティヴな温度にいたらないままパッケージされていました。
 もっとも、それらはディランの魅力の一部でもあります。私は『ノックド・アウト・ローデッド』に漂うゴスペル3部作の残り香も『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』のセッションっぽさも気に入っているし、あまり構えないでレコーディングされた粗さはディランのアルバムに珍しい事ではありません。

 ただ、スランプ期のアルバムでは、そうした諸々を含めて、すべてが茫洋としていました。これに尽きると思います。
 何をやりたいのか、何を打ち出したいのかがわからない。おそらく本人もわかっていなかった。それが歯ぎしりを催させたのです。目印が見当たらないアルバムが続いていました。
 そこへ行くと、『オー・マーシー』は目印が明瞭です。サウンドはダニエル・ラノワの得意とする幽玄でアンビエントな音響に包まれていますが、それ自体がハッキリとした目印となってリスナーを迎え入れます。私はどちらかと言うとラノワの来世で鳴っているような音作りが苦手なのですが、このアルバムやU2、ネヴィル・ブラザーズのプロデュース・ワークには瞠目すべきものがあると思います。
 参加ミュージシャンをディランの友達の輪から選ばず、あくまでラノワの人脈やニューオーリンズでのネヴィル・ブラザーズ関連から集めたことも吉と出ました。パーカッションのシリル・ネヴィル、そしてラノワがネヴィル・ブラザーズをプロデュースした『イエロー・ムーン』からギターのブライアン・ストルツ、ベースのトニー・ホール、ドラムのウィリー・グリーンらが参加し、いわゆる”ニューオーリンズ風味”ではないのですが、必要最小限のフレーズを効果的に紡ぎ合わせて濃やかで奥行きの深いグルーヴを作り出しています。曲も直接的にニューオーリンズ・スタイルに倣ったものはありません。でも、シンプルで聴き手にジワジワと染み込んでいく味わいには、あの街の音楽的な空気が作用していると考えたくなります。また、What Good Am Iのコード進行には、ニューオーリンズ・クラシックのバラードであるWith You In Mindに通じる部分があります。

 1曲目はブルース・ナンバー、Political Worldです。F#mのワン・コードで押し通す曲で、起伏らしい起伏はありません。ヴォーカルには何かを告発するというよりも、現実への危惧と、歌の言葉でその危惧と対峙する、一歩引いた強さが感じられます。当時は歌詞に目新しさをおぼえなかったのですが、今は鋭く突き刺さります(これは『オー・マーシー』全体にも言えます)。
 

 私たちの住む世界は 政治と無縁ではない
 見識も分別も牢屋に入れられて 
 独房の中で腐って 間違ったほうへと導かれる
 手掛かりを拾おうとする者は残っていない

 

 89年にこの歌を聞いたときは、悲観しすぎではないのかと思いました。日本はバブル景気の真っ只中で、若いなりにその空気を嫌っていた私も好景気のぬるま湯に浸っていたということなのでしょうが、それにしても政治が個人を抑圧する実感からは遠かったんです。
 でも、この歌詞は今の日本で現実に起こっていることです。「ポリティカル・ワールド」という言葉も、この30年間なにもしなかったことのツケの大きさも、今なら身にしみてよくわかる。

 Desease Of Conceitも21世紀に生きる私たちを慌てさせるメッセージ・ソングです。
 1989年の時点で、ディランの作品が”誰かを糾弾する歌”からもっと個人的な表現へと変わってから四半世紀が過ぎていました。私などは変わった後のディランを重視する傾向があって、先のPolitical Worldにもピンとこなかったのですが、さすがに50代にもなれば、社会との関りを引き受けたうえで個人の自由を守りたいと思います。”Desease Of Conceit”を直訳すると”うぬぼれ病”。現在なら”「いいね!」病”とでも訳せそうです(あるいは”「フォロワー数」病”)。

 

 今夜たくさんの人たちが”うぬぼれ病”を患っている 
 今夜たくさんの人たちが”うぬぼれ病”のせいで 目に映る物が二重に見えている

 大げさな妄想を植え付けて人の目つきを悪くする病
 自分は良い人だから死なないと錯覚させる病 
 そう思ってるうちに 頭のてっぺんから爪先まで”うぬぼれ病”に埋められているんだ

 

 凄いな、この曲。ドキッとしますね。とりわけ「物が二重に見えている」というのが、当たりすぎていてコワい。
 ディランにかぎらず、こういった警告は未来を予測した結果ではなく、その時どきの現実と感覚的かつ理知的に向き合う感性の深みから発せられると思います。つまり、1989年あるいはもっと長い歴史のスパンで、ディランが感じていた事が歌詞となってニューオーリンズで舞い降りたのではないでしょうか。

 さらに、ここが非常に重要なところなのですが、このアルバムでは世情に対する批評的な視線を彼自身にも向けて、自分の抱える不安や怯えや弱さを隠していません。それはダニエル・ラノワの音響や参加ミュージシャンたちの演奏によって、サウンドの薄靄に護られながらも露わにされています。そこに打たれるのです。たとえば、What Good Am I。
 

 こんな私のどこが立派なものか 
 ほかの人たちと似たようなものだとしたら
 落ち込んでいる人を見て踵を返すような卑怯なヤツだとしたら
 自分を閉ざして人の嘆きが聞こえないようにしているとしたら
 そんな私のどこが立派なのか

 

 『オー・マーシー』の核にあるのは、このWhat Good Am Iに代表される直截的な吐露だと思います。Everything Is Brokenという曲では、あらゆるものが壊れてしまった状況がいささかブラック・ユーモアふうに歌われます。でも、それは社会を揶揄するウマい皮肉を言いたいだけではないんです。不安な状態にいて、自分もまた壊れかかっているんだ、そんな告白が諧謔の裏にあるのです。スランプ期に自信と創作意欲を失いかけた経験も背景にはあったのでしょう。
 Ring Them Bellsでは彼の1960年代のメッセージ・ソングさながらに「鐘を鳴らせ」と呼びかけています。そのいっぽうで、Most Of The Timeでは「まあ、たいていの事になら冷静でいられるよ」と、逆に「たいてい」ではない事態への弱さをのぞかせます。
 どちらもディランだし、どちらも私たち。『オー・マーシー』が引き出したボブ・ディランは、不安に苛まれて足下さえも覚束ないでいる社会を厳しく見つめる歌と、その不安の中で嵐からの隠れ場所となる不器用な安らぎを求める歌とを、同じ瞬間に同じ声で言葉の表と裏を縫いながら表現するディランでした。

 90年代に入ってから、ディランはブルースやカントリーやオールド・ジャズやゴスペルなどのルーツ音楽をそれまで以上に積極的に取り入れていきました。それはデビュー時から持っていたものではありますが、1990年代の諸作でもう一度手元に引き寄せて、1997年の『タイム・アウト・オヴ・マインド』で一気にその方向へと進みました。
 『オー・マーシー』はその足掛かりとなった記念すべきアルバムです。興味深いことに、『ノックド・アウト・ローデッド』や『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』といったイマイチなアルバムにも『オー・マーシー』へと繋がる道筋が、茫洋とではあっても存在したのだとわかります。その2作と『オー・マーシー』との間に1988年に発表された”覆面バンド”のトラヴェリング・ウィルベリーズを置くと、ディランが再び本格的にルーツ音楽へ向かおうとしていた兆しを聴き取れたりします。
 『オー・マーシー』のラストに置かれた曲は、トラベリング・ウィルベリーズで共演したロイ・オービソンへの追悼歌、Shooting Starです。これもまたシンプルで率直な想いと終末観とが混ざり合ったディラン独特の歌詞です。呟くように放たれる声は時にかすかに震えています。

 

 今夜、流れ星を見た 滑っていくところを
 明日になればべつの日が始まる
 たぶん、今さらきみに語りかけても遅いのだろう
 きみがぼくに言ってほしかった言葉を語りかけても
 今夜、流れ星を見た 滑っていくところを

 

 自らの内にも外にも等しく向けられた、鋭い刃と祈り。『オー・マーシー』はボブ・ディランが復活したアルバムであり、現在こそ噛みしめるべき意味を持つ作品です。

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