The Power Station/ The Power Station (1985) | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

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 ジョン・カーニー監督の『シング・ストリート 未来へのうた』という映画を観てきました。1985年のダブリンを舞台にした青春映画です。
 主人公は14歳の少年で、ひと目惚れした女の子を「ぼくたちのバンドのプロモ・ビデオに出演してくれない?」と誘い、彼女からOKをもらうや、慌ててバンドを組みます。
 時代はMTV全盛期です。少年たちがデュラン・デュランやスパンダー・バレエやキュアーなどのマネから始め、徐々に自分たちの音楽を形にしていくさまがイキイキと描かれています。
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 あまりにも健気で愚直なまでにストレートな音楽への衝動。私は見ているあいだずっと笑みが絶えませんでした。少しでもバンドの経験がある人には文句なくお薦めできる映画です。
 主人公が住む家の間取りや、ダブリンの港、学校の内と外、通り道にある公園などの風景がストーリーと心の機微に結びついて情感をこめて描かれています。劇中で披露されるオリジナル・ソングも映画と離れて楽しめる出来ばえです。評判どおりの秀作であり、これを絶賛する人の気持ちもよくわかります。
 
 ただし、私は設定のある一点がどうしても気になって、前半で作品にのめりこむタイミングを危うく逸すところでした。
 主人公はデュラン・デュランのRioのビデオを見て、お兄さんの講釈付きとは言え、衝撃を受けます。しかし、その曲は1982年のヒットなんです。翌83年の頭には世界的な大ヒットとなっていたし、当然ダブリンにも届いていたはずです。
 そこからストーリーの設定である1985年まではMTVの黄金期で、それをもたらしたのは他ならぬデュラン・デュランです。その間に数えきれないくらいのミュージック・ビデオが作られ、リリース時に新鮮だったRioの映像は、85年には後続のエイティーズ・ヒットのビデオ群によって、試みとしても鮮度としても乗り越えられていたと思います。日本にいても、85年には衝撃を与えるようなものではなくなっていました。
 もちろん、映画には映画独自の時代表現があって当然で、私もできるだけ野暮なことは言いたくないのだけど、ポップ・ソングが重要な役割をはたすうえ、監督の自伝的な内容であるとのこと、当時を体験した者としてはそこで若干のつまづきをおぼえてしまいました(繰り返しますが、映画としてはとても良い作品です)。
 
 では1985年のデュラン・デュランってどうだったのかというと、ピークをちょっとだけ下った感じでしたが、日本でも相変わらず女の子を中心に人気がありました。その年の夏に公開された007映画の主題歌も担当したほど、ワム!やカルチャー・クラブと並んでイギリスの国民的アイドル・バンドとして君臨していました。
 私の好みでは、曲がとにかく良くできていてヴォーカルも抜群にうまかったワム!やカルチャー・クラブに比べると落ちるというか、「まぁ、女子にはウケるだろうな」程度に見下しており、同時にひがんでもいました。けれどRioにしてもNew Moon On MondayやThe Reflexにしても、トップ・アイドルならではの輝きには抗しがたいものがあり、また彼らの曲は当時としてはリミックスが派手でおもしろく、ヒットしたものは今でも全て歌えます。それに、ジョン・テイラーを筆頭に、たしかに全員がカッコよかった。
 
 85年はまた、デュラン・デュランの中でちょっとした分裂が生じた時期でもありました。それがアーケイディアとザ・パワー・ステーションです。
 アーケイディアはキーボードのニック・ローズ、ドラムのロジャー・テイラー、それにヴォーカルのサイモン・ル・ボンが組んだユニットで、土屋昌巳、マーク・イーガン、ハービー・ハンコック、スティング、グレース・ジョーンズら豪華ゲスト陣を迎えた耽美的なエレ・ポップ路線。
 パワー・ステーションはベースのジョン・テイラーとギターのアンディ・テイラーがロバート・パーマーとシックのトニー・トンプソンを迎えて組んだユニット。こちらは骨太のファンキー/ハードなロックです。なお、ロジャーはアーケイディアだけでなくパワー・ステーションにも少しだけ関わっています(Some Like It Hotで印象的なオクトバンズのパーカッション音を担当しているのは彼)。
 
 活動の先攻はパワー・ステーションで、アーケイディアはリリースも半年以上遅れをとり、どこか恨みがましい印象も受けました。アーケイディアも好セールスを記録しましたが、人気はパワー・ステーションに及ばなかったと記憶します。売り上げ枚数や発売日の順序によるものだけではありません。世間に与えたインパクトの面で、パワー・ステーションのほうがスリリングだったのです。
 じつのところ、私はアーケイディアも嫌いではありません。アレンジの完成度ではパワー・ステーションより上出来な点もあります。あの頃の旗色からすれば、アーケイディアもかなり頑張ったと言えるんじゃないでしょうか。
 
 とは言うものの、繰り返し聴いた回数はパワー・ステーションのほうが圧倒的に多かったのも事実です。
 最初のシングルSome Like It Hotは日本でも話題となった曲でした。私の高校のクラスでは、朝、教室に着くなり、「見たか?パワー・ステーションのビデオ!」「なんや、あのドラム!どないなってんねん!」と興奮の声が交わされました。それほどに同曲でトニー・トンプソンが叩く(とくに)イントロのドラムとゲート・リヴァーブの衝撃は大きかったのです。
 ゲート・リヴァーブは80年代初頭からすでにあったもので、85年ごろにヒットしていたレコードには頻繁に用いられていた効果です。私の年代には、レコーディング技術の発明として驚いた記憶もないくらいに当たり前になっていました。Some Like It Hotのイントロは、それにどれほど強烈なアタックがあるかを80年代半ばにもう一度つきつけたのです。しかも、このうえなく大胆に惜しみなく。
 もちろん、そのサウンドの風圧に封じこめられなかったトニー・トンプソンの剛腕あればこそです。アルバム全編を通じての最高殊勲選手は彼で間違いありません。ジョンとアンディのデュラン組が彼を得て理想としたのはシックのような余裕をもたせたビート感だったのかもしれませんが、すさまじい駆動力と跳躍力で曲を驀進させるトニー・トンプソンのドラミングがパワー・ステーションのハードかつファンキーな音を成り立たせています。
 
 それから、ヴォーカルの見るからにスケベそうなオッサン。ロバート・パーマーはこの数年前にヒット・チャートで名前を知った程度で、高校生だった私にはイマイチ縁遠いシンガーでした。
 パワー・ステーションで初めて味わうことになったその歌は、中年ロッカーが増えたと言っても基本的には若作りが多かった当時、小僧がどうあがいても勝ち目のない大人の手練手管に満ちていました。彼の醸し出す、蒼さとかピュアさだけでは絶対に背が届かない性の駆け引きの匂いがなければ、このユニットは真面目なミュージシャン・シップの産物にとどまったことでしょう。パーマーが発するディープで粘っこい歌の色目づかいは、このアルバムのセクシュアルな熱を高めます。Some Like It HotとGet It Onの2曲(とアンディと交互に歌ったHarvest For The World)を除けば、残りの曲はパーマーのソロ・アルバムと言ってもおかしくない様相を呈しています。
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 彼はここでの座組みを活かして、バーナード・エドワーズとトニー・トンプソンとともに、彼のキャリアで最大のヒット作『リップタイド』を作り上げることになります。そこにはアンディ・テイラーも参加しました。
 
 で、アンディなんですが、私はパワー・ステーションでの彼のギター・プレイが格別に傑出しているとは思えません。
 世評ではデュラン・デュランでの殻を破って聞かせる激しい演奏が絶賛されています。たしかにソロではぞんぶんに弾きまくっていて、彼のキャラクターと照らし合わせるとそこに可愛げがなくもない。でも、運指練習みたいなフレージングは退屈だし、アーミングがしつこくて閃きに乏しい。
 デュラン・デュランはダンス・ミュージックという点で良いところがたくさんあり、そこを担う彼のバッキングは長所だと思うのだけど、どうも破らなくてもいい殻を破ってべつの殻をかぶっちゃったようで残念であります。
 残るジョン・テイラーに関しては、ベースの難所をプロデューサーのバーナード・エドワーズが弾いたという説も強く、実際に聴いてもそう思わされる部分が多々あるため、なんとも言えません。とくにロバート・パーマーの『リップタイド』を聴き、ジョンに替わってバーナード・エドワーズが参加したパワー・ステーションの96年作を聴くと、やっぱりそうだったのかなという印象が拭えません。
 このアルバムの柱のひとつであるGet It Onのカヴァーのことを、私は以前T.レックスについて書いた記事でこう述べました。
「オリジナルの『ゲット・イット・オン』は、カヴァー・ヴァージョンより何倍も下手な演奏と歌で、何百倍もわけのわからない魅力にあふれていた。パワー・ステーションを貶めるつもりはまったくないが、あっちになくてT・レックスにあるもの、これが本当に大きかった。」
 今回、久しぶりにパワー・ステーションのアルバムを引っ張り出してきて聴いたのですが、この意見は変わりませんでした。T.レックスのオリジナルのほうが何百倍も素晴らしいし、私にとってのロックはそっちのほうだと思います。
 少年時代にグラム・ロックの洗礼を受けたジョン・テイラーが、なんでまたこんなガテン系のGet It Onを作ってみたくなったのか、興味深いところではあります。そして、パワー・ステーション以降、この曲をライヴやセッションでカヴァーするミュージシャンには、ドラムがドッカンドッカン鳴ってギター・ソロがせわしないほうを選ぶケースが増えました(たしかTVで見たTOKIOもこっちのヴァージョンでやっていました)。そういうカヴァーを見聞きすると、マーク・ボランのセンスとは正反対だなぁと違和感をおぼえます。
 
 ただ、パワー・ステーションがあったから自分がT.レックスに興味を持ったことを揉み消すつもりはありません。
 彼らが85年夏のLive Aidに出演したとき、ヴォーカルはパーマーではなく、マイケル・デ・バレスが代役をつとめました。70年代にシルヴァーヘッドでグラム・ロック・ブームの一端を担った(音楽性はグラム・ロックというよりストーンズ系でしたが)ヴォーカリストです。ところが、今度はロバート・パーマーの歌うGet It Onに耳が慣れて、マイケル・デ・バレスの正統にエネルギッシュな煽りがチグハグに映りました。マーク・ボランのソングライティングのマジックとはべつに、パーマーの余裕とトンプソンの剛腕を中心とするパワー・ステーションの解釈と演奏に分かりやすい「型」が存在していたのです。私をT.レックスなどが眠るロックの宝箱へと駆り立てたのも、それだったのです。
 「ロックって、これから先もレコーディング技術の進歩に合わせて、このままの調子で新しくなっていくんだろうなぁ」というオメデタい安心が、このアルバムのゲート・リヴァーブからは聞こえてきます。
 その油断は90年代がレトロという感覚をともなって到来したとき、本当にオメデタかったんだと思い知らされました。それでも、ここに刻まれたエイティーズ・ロックど真ん中の有頂天ぶりは、懐かしくも充分に魅力的です。
 冒頭に書いた『シング・ストリート』の少年たちが、現実の1985年にパワー・ステーションと出会っていたとしたら、彼らはきっとそっちのヴァージョンでGet It Onをカヴァーしただろうし、ドラムをどうするかで試行錯誤したんだろうな、と想像します。パワー・ステーションのサウンドはそんな刺激に満ちていました。
 
               Duran Duran/ Notorious