勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

箱ハコアザラク:

Elvis Presley/ The King Of Rock 'n' Roll: The Complete 50's Masters(1992)

 1990年代に買ったCDのボックス・セットについて書く「箱ハコアザラク」のコーナーです。
 90年代は日本各地の繁華街にCDショップがひしめきあっていた時期。ショッピング・モールには必ずと言っていいほどテナントで入っていたし、休日になると若者を中心に店が賑わっていました。そんな店の一角で、通常サイズより頭ふたつぶん大きなパッケージに包まれて存在感を放っていたボックス。目が合うと引き寄せられて手に取ってしまった、黒魔術ならぬ箱魔術の数々を思い出して綴ります。

 今回とりあげるのはエルヴィス・プレスリーの1950年代の録音を集めた5枚組CDボックス、『ザ・キング・オヴ・ロックンロール』です。発売は1992年で値段は12500円でした。
 翌1993年には1960年代録音集、1995年には1970年代録音集が続き、それらも聴きごたえがあって新たな発見をもたらす優れた箱だったのですが、この記事では最初の『ザ・キング・オヴ・ロックンロール』について書くことにします。

 1980年代後半にCD時代に入ってから、エルヴィスのアルバムは若いリスナーにも入手しやすくなっていました。「若いリスナー」とは、たとえば当時の私です。
 もちろんエルヴィスのことは知っていたし、訃報を伝えるニュースも小学4年生の時に見たおぼえがあるのだけど、白いジャンプ・スーツを着た晩年のイメージをカッコいいと思えなくて、なかなか聴いてみようという気は起きませんでした。若い頃の髪型なんかも、つっぱりブームの先祖みたいで苦手だったんです。
 それが十代の終わり頃に『エルヴィスのゴールデン・レコード』という傑作コンピレーションの第1集を聴いて、なるほど良いなと感じ、さらに数年後の1990年代初頭、ブルースやゴスペルへの関心から再びエルヴィスと向き合ってみて、サン・セッションズにノックアウトされたのが、私の本格的なエルヴィス開眼でした。まもなくメンフィスを訪れ、サン・スタジオやグレイスランドを詣でたのですから、それまで縁がなかったぶん感激も大きかったのですね。

 50年代ボックスが発売されたのは、メンフィスから帰ってきた数ヶ月後でした。私は24歳で、ただでさえ一端(いっぱし)のことを口にしたがる年頃に、「オレはメンフィスに行って、エルヴィスが開けて入ったサン・スタジオの扉を開けたのだ」という自慢が加わり、けっこう扱いにくい若者だったはずです。
 しかも私の場合、自分がエルヴィスに狂いだしたのが1年か2年前だったにもかかわらず、どこをどう省略したのやら、すぐに「エルヴィスは過小評価されている。みんなこの凄さをわかっていない!」とか言い出す始末。
 
 ただ、若き日の自分を少しだけ擁護するならば、エルヴィス・プレスリーは知名度こそ高かったけれど、ロック・ファンの間でちゃんと聴かれている雰囲気はなかったと思います。
 私の叔父は1971年に『エルヴィス・オン・ステージ』の映画を観て以来の大ファンでして、甥っ子がエルヴィスに興味を持ったと知るや、大量のレコードを譲ってくれました。その荷物の中に、エルヴィスの日本のファン・クラブの会報が入っていたんです。目を通すと、ファンの投書のページに、「イギリスの4人組は世間から大切にされているのに、キングは相変わらず不遇じゃないか!」と嘆き憤る声が載っていました。ああ、そういうふうに受け止めてるんだ、と初めて知りました。私はイギリスの4人組も5人組も大好きなので、自分が怒られているかのような気分を味わったものです。
 しかしそのヒガみの声にも同情できる点はあって、たしかにエルヴィスというとモノマネのネタとして消費されたりして、どちらかといえば滑稽な印象が世間に広まっていたのは否めません。やっぱりイギリスの4人組と比べて、ちゃんと聴かれてなかったんです。

 50年代ボックスを店頭で初めて手に持ったとき、ズシリとした重みを覚えました。5枚のCDに厚いブックレットが入っているから当然なのですが、エルヴィスの凄さを、シリアスに、音をもって世に問う姿勢が伝わってきたのです。
 それは箱の表紙を飾る写真にも表れていました。エルヴィスが右手で掴んだマイク・スタンドが斜めに傾き、左手は大きく開かれています。そしてエルヴィスの表情は、吼えるような野性と、訴えかけるような性急さとで、動的に歪んでいます。真っ黒の背景に浮かび上がる顔と手とマイクとネクタイ。
 このデザインが鮮烈だったのは、デビュー・アルバム『エルヴィス・プレスリー登場!』の素晴らしいジャケットとも重なるワイルドさが主張されていたからです。また、50年代のエルヴィスのLPでは、こういうワイルドさを前に出したジャケットは少ないと思います。ブラック・アンド・ホワイトも、若きエルヴィスの精悍さを知らしめるには、カラー以上に迫ってきます。大正解の装丁と言えるでしょう。

 CD5枚の内容は、レア音源集のディスク5以外、ディスク1から4までが、50年代のエルヴィスを録音の時系列順に追っていく形式です。初録音(1953年7月)であるMy Happinessに始まり、その18歳の時点でもうエルヴィスの歌の表現が成り立っているのに驚かされます。次いで1年後のThat's All Rightから、おなじみサン・セッションズの音源です。
 オリジナルの英文ブックレットには、50年代にエルヴィスがおこなった全レコーディング・セッションが掲載されていて、このボックスの「時系列」を重視したコンセプトを裏付けるものです。写真も豊富で見ていて楽しい。
 でも日本盤のブックレットの充実ぶりはそれを凌いでいます。全トラックに簡潔な解説が付き、索引も原題と邦題の両方があります。ディスコグラフィーとフィルモグラフィー、シングルとアルバムのチャート記録もリスト化されており、エルヴィスの生涯を通じた細かい年表も圧巻です。
 これらを眺めながら聴く、つまり音楽を読ませるという意味で、この50年代ボックスはボックス・セットの醍醐味に溢れる箱でした。

 私も叔父にもらったレコードで各時代のエルヴィスを聴いてはいたし、当時はとりわけ50年代の録音に参っていたのですが、5枚組で浸るエルヴィスには新たな興奮を得ました。
 コンセプト・アルバムの時代が到来するより前の音源なので、曲と曲の結びつきにはセッションでの演奏の呼吸が反映されている気はします。それが後世の人間には、ファースト・アルバムの『エルヴィス・プレスリー登場!』やセカンドの『エルヴィス』にコンセプトっぽい統一感を感じさせもするのだけど、アルバムの枠の力は緩めです。そのことが曲ごとに宿ったセッションの呼吸を、他の時期の音源へと自在に繋げていきます。
 たとえばサン・セッションズでのTrying To Get To Youで聞ける粗野なシャウトの炸裂は、RCAに移籍してからのAll Shook Upなどでは軽妙なユーモアを伴って歌われます。しかしそれでもエルヴィスのふてぶてしさは目減りしておらず、むしろ歌のシルエットがシャープネスからタフネスへと逞しく成長する形で繋がっているのです。60年代になるとポップネスが増して、70年代はグリージーなファンクネスとロンリネスを帯びて、やはり繋がっていきます。現在の私はどのエルヴィスも好きですが、1992年にいちばん求めていたのは50年代のシャープネスとタフネスでした。それを心ゆくまで堪能するには、このボックスの作り──装丁やブックレットを含む──は最高でした。

 エルヴィスのボックスはLPの時代にもあったんです。普通のコンピレーションも世界中で何種類が流通してきたのか、私には把握できません。各曲の時間が短いから、1枚ものだってエルヴィスのヒット曲群を浴びることは可能です。このボックスが出る以前にも、CDのコンピレーションでおなかいっぱいに満足させる盤がありました。
 しかしそれは言葉を換えると「お手軽に作れちゃう」ということでもあって、中身は文句なしに良いとしても、送り手の真摯な姿勢が届くとなると別の話です。
 1992年はエルヴィスの没後15年目にあたり、ロックのボックス・セットが最初の繚乱を見せている時期でもありました。ボブ・ディランやキング・クリムゾンなどの箱魔術がCDショップで人を惑わせていた頃です。エルヴィスはロックの偉大な先駆者の一人ですが、ディランやクリムゾンほどロック・ファンによって具体的に語られてきた存在ではありません。
 50年代ボックスがスペシャルだったのは、時系列順の音源とレア・トラックスで構成された中身だけでなく、装丁やブックレットにも「エルヴィスをちゃんと捉えてほしい」との切なる願望がズシリとした重みで詰まっていたことです。つまり、志がしっかりと通っている。ボックスが人の心を動かすのは、そういう時です。
 さらにこの箱は次の60年代音源集、70年代音源集へと、聴く者の信を橋渡しました。ロック・ヒストリー上、めったに顧みられることのない時期のエルヴィスでも、このシリーズなら信用できると期待できたし、その期待は裏切られなかったどころか、おかげで60年代のエルヴィスも70年代のエルヴィスも好きになったのでした。

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