勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

おもに1985-1995のロックについて、当時のことを思い出しながら綴ります。ほかにもいろんなタイプの音楽の記事があります。

 ダニエル・ジョンストンが58歳で亡くなったことを先週末に知ったとき、私は頭の中で彼のユニークきわまりない音楽を再生する傍ら、2017年のアメリカ映画『ブリグズビー・ベア』のことを思い出していました。
 主人公は幼少時から青年期を社会から隔絶された環境で育てられた男です。彼は『ブリグズビー・ベア』という着ぐるみのクマが活躍する子供向けテレビ番組だけを見せられて成長します。じつは彼が両親と思っていた男女は他人で、まだ赤ん坊だった彼を誘拐して絶対に人目につかない場所に連れ去り、そこで我が子のように愛情を注いで育てていたのです。しかも『ブリグズビー・ベア』という番組も世の中に存在せず、ニセの父親がこしらえた嘘の子供番組でした。
 誘拐犯のカップルは逮捕され、主人公は本物の両親のもとに帰るのですが、いい大人になっているのに『ブリグズビー・ベア』に熱中し続けます。彼はその熱が世間と大いにズレていることも理解できないのです。社会に適応できない彼は、やがて実の妹の友人たちの手を借りて『ブリグズビー・ベア』の続きを映画に撮る行動を起こします。

 こうやって改めてプロットを思い返してみると、主人公の境遇とダニエル・ジョンストンとはなんの関係もありません。『ブリグズビー・ベア』の主人公は誘拐されて強制的に環境を変えられたわけで、重度の双極性障害と統合失調を患っていたジョンストンと比べてどうこう言えるものではないし、ミュージシャンのかかえる困難をいたずらにロマン化する危険もともないます。
 それに、『悪魔とダニエル・ジョンストン』というドキュメンタリー映画を見ると、彼を悲劇の天才として祀り上げるだけの気分にはなれません。だって、小型飛行機で移動しているときに、空の上で操縦席のエンジン・キーを抜いて窓の外に捨てちゃう人なんです。手軽なシンパシーのみで済まされる対象ではないでしょう。
 けれど、『ブリグズビー・ベア』の主人公がチープでユルい着ぐるみの物語を自分の手で作ることで失われた時間を取り戻そうとする姿には、表現や創作とは何かを考えさせられる点で、ダニエル・ジョンストンの音楽と近い部分もあります。そこに生み出された作品があきらかにアウトな要素だらけなのに、感情の原点を揺さぶられるような力をおぼえるところも。

 いや、アウトどころか、ダニエル・ジョンストンとの出会いにはまず何よりもその音楽への感嘆がありました。
 彼は1981年に最初のアルバムをカセット・テープのフォーマットでリリースしていたのですが、私がはじめて聴いたのは1994年の『FUN』でした。よほどアメリカのインディー・ロックに詳しい人以外は、当時はみんなそうだったと思います。それ以前にも名前は見かけていたし、メンタル面で大変な人との話も知っていたのだけど、実際に彼の音楽を聴いたのは『FUN』がはじめて。
 で、どう感じたかというと、とにかくものすごく才能のあるアーティストなのだと感服しました。曲もヴォーカルも抜群にいい。聴くまではなんとなく、シド・バレットやロッキー・エリクソン、それにアレキサンダー・”スキップ”・スペンスあたりのモヤモヤした音を想像していたら、意外にくっきりと曲の輪郭を持っていたのも驚きでした。ジョナサン・リッチマンにも通ずるものがあったし、ロビン・ヒッチコックなんか本当にソックリ。いずれにせよ、私の大好きなアーティストたちのラインに連ねて聴くことができました。

 ただ、初めて聴くアーティストであったにもかかわらず、もっともっと音数が少ないほうがこの人には良いのではないか、と思えるアレンジの曲もありました。
 と言っても、これでも相当シンプルに作られているほうです。曲によってはギターやベースやドラムが加わったり、チェロやヴァイオリンが慎ましくも印象的なサポートを聞かせていますが、決して大仰さには陥っていませんし、あくまでジョンストンのプリミティヴな歌の表現が最優先されています。
 プロデューサーはバットホール・サーファーズのポール・リアリー。1994年のバットホール・サーファーズといえば『インディペンデント・ワーム・サルーン』をリリースして、そのジャンクなサウンドでオルタナ界に確固たる地位を築いていた頃です。ここでのリアリーのプロデュースはダニエル・ジョンストンの音楽を相乗的にも盛り上げすぎていません。そこは非常に好感のもてるところでした。
 なにしろ、このアルバムが出る経緯にもいろいろと悶着があったようで、最初はエレクトラと契約が決まりかけていたのをジョンストンが「メタリカのようなサタンの手下の所属するレーベルはイヤだ」と拒否。結局アトランティックから出たのですが、レコーディング中も治療下にあったジョンストンには手を焼いたのではないでしょうか。

 それでもエレクトラやアトランティックといった名門が動いた背景には、カート・コバーンがジョンストンのアルバム(『Hi, How Are You』)のジャケットをプリントしたTシャツを着ていたことが大きかったはずです。この『FUN』のレコーディングが始まった1993年には、ニルヴァーナのアルバムが売れに売れて、カートの苦悩が増大するいっぽうで若者の間で彼への崇拝が高まっていました。
 『FUN』はそうしたオルタナの時期の空気が刻まれたアルバムでもあります。それは当時はさほど強く感じなかったのですが、バンド形式で演奏される1曲めのLove Wheelは、いま聴くと、たとえばヴァイオレント・ファムズが『ニュー・タイムズ』をエレクトラからリリースし、日本盤もちゃんと発売されていたあの頃をしのばせます。
 ネジの数が足りないフリーキーなロックがアメリカから大量に出てきた時期でした。アレックス・チルトンやロビン・ヒッチコックらはその奇妙な賑わいの中で影響元としてスポットライトを浴びたシンガー=ソングライターで、ダニエル・ジョンストンもそうした音を受け容れるファンによって(局地的ではありましたが)注目とリスペクトを集めました。そして、彼はその中でも極めつきにユニークなアーティストでした。

 私がよく書くのですが、70年代末のパンク~ニューウェイヴと90年代前半のオルタナティヴの違いは、「壊す」と「壊れている」の違いだったように思うのです。オルタナの目ぼしいアーティストは、ほぼ例外なく「壊れている」ほうでした。「壊す」ことのままならなさに端を発した諦念の狂暴化でもあっただろうし、ダイナソーJr.の『グリーン・マインド』ではそれがノイズとなって溢れていました。
 ダニエル・ジョンストンの場合は話が入り組んでくるのですが、彼は意図して「壊れている」音楽を作っていたのではないでしょう。これもロマン化した見方になるのかもしれないけれど、ビートルズやボブ・ディランの音楽を美しいものとして愛する感性を素直に創作に向けた結果、彼の作品は「壊れている」との印象を与えるものになったのだと私は思っています。
 そして、ダニエル・ジョンストンの作品はどれも曲自体が美しいのです。たしかに歪んでいるし捻じれています。カセット録音では雑音もいっぱい含まれています。それでも彼の書く曲は美しい。これは逆説でもなんでもなく、彼が天性のメロディー・メイカーだった証左はどの音源にもありありと残されています。

 『FUN』に収められた曲もそうです。病に苦しむ人への同情や苦悩するアーティスト像への憧れを差し引いても、曲に耳を傾ければその美しさは明白です。
 Love Wheelのメロディーはロックンロールのビートに脈打つ強度を備えており、Psycho Nightmareでのそれは同時代のギター・ノイズにも負けていません。タイトルもRock'n'Roll/TGAという最終曲は、アコースティックでフォーキーなパートとパワーコードにひずんだパートをメロディーがスルリと往還してのけます。
 ジミ・ヘンドリクス風味のタイトルと曲調を持つFoxy Girlも、ブルージーなクリシェが陽性のコーラス・パートへと自然に繋がっていきます。ボビー・ネルソン(ウィリー・ネルソンのお姉さんです)のピアノをバックに歌うLove Will See You Throughではヴォードヴィル・タッチのメロディーが光ります。Jelly Beansではオルガンなどのキーボードがフリークアウトしたコズミックな感覚をまぶして、これも語りの後に続くのは素朴なメロディーです。
 アルバム・タイトルにもっとも直結した曲名のHappy Timeは童謡のような曲で、途中でジョン・レノンっぽい苦みの利いたメロディーを挿みます。この曲でチェロを弾いているジョン・ヘイゲンはライル・ラヴェット・バンドでも演奏しています。だからというのでは全然ないのですが、アルバムのそこかしこの歌メロやギターのストロークにはカントリー的なフィーリングを指摘することもできます。

 このアルバムを聴く前に漠然と不安かつ期待に持っていたのは、どんな突拍子もない音が詰まっているんだろう?という想像でした。その想像を支えていたのが「ダニエル・ジョンストンが抱える病状がいかほどのものなのか?」という好奇心だったことも否定できません。
 はたして、飛び出してきた音は、フリーキーではあってもキュートにも聞こえるという印象でした。これは私にオルタナもしくはニューウェイヴ的なサウンドへの免疫がついていたからでもあります。私の耳にその音楽は真正性で溢れていたし、『FUN』に関するかぎりは、シャッグスと比べてもずっと親しみやすかったんです。
 ヴォーカルもまた良かった。ジョナサン・リッチマンのヴォーカルを素晴らしいと感じるのと同じ意味で、音楽の隙間に埋もれている宝物を探しだしては子供みたいな声のトーンで喜び、嘆き、乱れている様子が、ときに愛おしくなるほどでした。そして、彼の歌声は私にはとても近く、同時にとても遠かったんです。
 ダニエル・ジョンストンのヴォーカルを聴いていると、私は自分の足元に転がっている石ころにつまづいて慌てるような驚きと、何べん生まれ変わっても辿り着けないくらいの遥か彼方を眺めている気分の両方を味わいます。この『FUN』にも、神経がキリキリと鳴るくらいにわかるところと、ちょっと後ずさりしてしまうところの両方がありました。私にとって、その近さと遠さの伸縮がダニエル・ジョンストンでした。

 このアルバムでのポール・リアリーのプロデュースはその距離のバランスを真摯に取っています。ジャド・フェアがジョンストンと組んだコラボレーションとは異なって、同じ位置から同じように奔放に作っていくことはおそらく出来なかったはずです。レーベル側だって半信半疑だったでしょうし、アトランティックからリリースするアルバムとして、この形に仕上げたことは賞賛に値します。
 ただ、それでも物足りなさが残るとすれば、ジョンストンの初期のカセット音源があまりにも良すぎるからだと思います。私もそのすべてを聴いているわけではないのですが、雑音だらけの録音状態にダニエル・ジョンストンの声とオルガンとあのシンプルで人懐っこく、そしてどこか物悲しくもあるメロディーが鳴るそれらの初期作品では、その音楽の近さも遠さも、誰の手も加えられないままに彼の日常から芽生えた奇妙で生々しく美しい表現として味わうことができます。それがダニエル・ジョンストンの音楽が生きる最良の条件だったのです。それらを一度でも体験すると、どうしても『FUN』にはプランターの花を鑑賞する歯がゆさをおぼえてしまいます。それがダメだとは言わないし、これはこれで聴くべき良さが多数あるのですが、今はSpotifyでも簡単に聴けるので、どうせならファーストの『Songs Of Pain』や1983年の『Hi, How Are You』、あるいはカセット音源では聞きづらいのであればクレイマーがプロデュースしてシミー・ディスクからリリースされた『1990』をお薦めします。

 そうは言っても、このアルバムは私のような90年代オルタナ=リアルタイム組には絶好の入門編でした。セールスは予想を下回る結果だったらしく、アトランティックとの契約はこの1作で終了しました。いくらオルタナ全盛期でもリスナーを選ぶ内容だったようです。
 ダニエル・ジョンストンは学生時代にローリーという女の子に恋をして、なんと25年にわたって彼女への熱烈な片想いを曲に綴ってきました。やがてローリーは結婚してジョンストンとも音信が途絶えていたのが、ドキュメンタリー映画『悪魔とダニエル・ジョンストン』の上映に際して2人は四半世紀ぶりの再会をとげました。ローリーが劇場に来ていることを知らされていなかったジョンストンは最初パニックを起こして「いやだ!ローリーなんかいない!」と逃げ出したのですが、いざ再会すると固く抱擁しあい、「きみのことを愛している」と思いを告げました。ローリーは年齢を重ねたぶんの余裕もあったのでしょう、その言葉に感謝して彼のアーティストとしての成功を祝福しました。
 『ブリグズビー・ベア』の主人公は、子供時代そのものだったテレビ番組の続きを仲間たちと映画にすることで、長く欠落していた自分の人生を取り戻します。そのとき、まぼろしに現れたクマの着ぐるみが彼に向かって別れを告げます。
 アーティストの伝説や神話に心躍らせる時期を過ぎた私は、表現や作品の力が現実を乗り越えるときに深い感銘を受けます。それだけに、58歳という若さでダニエル・ジョンストンが亡くなったことを残念に思うのです。