勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

 

僕グラム・ロックが好きだ 

僕グラム・ロックが好きだ
中途半端な気持ちじゃなくて
ほんとに心から好きなんだ

 ・・・・・・と、ブルーハーツのファースト・アルバム(1987年)に収録されていた「パンク・ロック」を替え歌にしてみました。私は必ずしもブルーハーツの大ファンというわけではないのですが(詳しくは「リンダリンダ」の記事を)、まあこの♪ぼく~パンク・ロックが~好きだ~♪を初めて聴いた時には驚きました。当時、私にとってパンクはおもに英米発の、不機嫌さのトゲでささくれ立った音で、そんなパンクに対して「僕、好きだ」と衒いも屈折もないような物言いで歌うなんて、あり得ないに等しい感性だったんです。しかもヒロトのヴォーカルやバンドのシンプルでストレートな演奏には屈折を突破した強さが漲っていて、ブルーハーツって凄いバンドだなと思いました。

 ところで、私の音楽の趣味というか守備範囲は雑食型で、わりとなんでも聴いて楽しむほうです。前回、ロックのサブ・ジャンルのことを記事に書きましたが、もともとロックの多様性や折衷性に惹かれたので、これひと筋!とこだわるジャンルはありません。若い頃はヘヴィー・メタルが嫌いでしたけど、なぜか齢をとってから楽しめるようになりました。また、1970年代ウェスト・コーストのロックは得意とは言えませんが、個々に好きなミュージシャンはいます。プログレだって苦手だけど、いいものはいい。
 これは自慢で書いているのではなく、私としては当たり前にこんな具合なのです。
 でも、あえて一番好きなジャンルを選ぶのならば、躊躇せずにグラム・ロックだと答えます。めっちゃ好きです。が、グラム・ロックって虚実の”虚”が重要だし、ヒロトがパンク・ロックへの想いを歌にした「中途半端な気持ちじゃなくて」「ほんとに心から好きなんだ」を、そのままスライドして当てはめようとすると妙な違和感が生じます。その点、私のグラム・ロック愛好度は「中途半端な気持ち」なのでしょう。

 だいたい、いつグラム・ロックなる言葉を知ったのか。たぶん『ミュージック・ライフ』かFM雑誌に載っていたハノイ・ロックスの記事です。だとしたら私が高校1年生だった1983年。グラム・ロックはその10年前に流行ったサブ・ジャンルでした。
 その記事にどんなことが書いてあったのか細部までは思い出せませんが、”グラム・ロックは1972年ごろにイギリスを中心に華やかなメイクを施して人気を博したロックで、ハノイ・ロックスはニューヨーク・ドールズというバンドをお手本にしている”といった記述でした。が、私はハノイを気に入っていたけれども、わざわざニューヨーク・ドールズのレコードを探し求めるほどではありませんでした。

 ドールズやグラム・ロックに間に合わなかった世代とはいえ、私は沢田研二というスーパー・スターのヒット曲群を浴びて育ったので、男性が化粧をして歌う姿にも抵抗は持っていませんでした。1980年代の前半には、デュラン・デュランなどのイギリスのバンドがチャートを席巻し、高校の学園祭でステージに立つ男子が女子にメイクを施してもらってる光景を目にしました(ヘヴィー・メタルのコピー・バンドでしたが)。
 デュラン・デュランが1985年に二つのユニットに分かれて活動をしたのが、アーケイディアとザ・パワー・ステーションです。アーケイディアは耽美的なシンセ・ポップで、パワステはファンキーでパワフルなドラムにハードなギターが絡み、ロバート・パーマーが唸るロック。ここで面白いのは、耽美的なアーケイディアではなく、ファンキー&ハードなパワステがT・レックスの「ゲット・イット・オン」をカヴァーしてヒットさせたことです。結果、私が”ガテン系のT・レックス”と呼ぶパワステ版「ゲット・イット・オン」は、その後も同曲のカヴァーの雛形となるインパクトを与えました。私もそれを喰らったティーンエイジャーの一人で、ハノイ・ロックス~ニューヨーク・ドールズの時とは違って、今度はT・レックスへの興味を募らせました。
 それで京都駅の地下街にあった十字屋で『ザ・スライダー』を買ったのですが、家に帰ってLPに針をのせ、まずはマーク・ボランのあのヴォーカルに直面し、なんだこの妖気漂う不思議な歌は?と戸惑いながらも魅了されていきました。だからパワステの「ゲット・イット・オン」を”ガテン系”と冗談っぽく形容しつつも、彼らには感謝しています(ていうか、あのカヴァーはカッコよかった)。

 と、同じ年にブライアン・フェリーの新譜『ボーイズ・アンド・ガールズ』がリリースされました。フェリーにとっては『アヴァロン』でロキシー・ミュージックが終了した次の展開のソロ・アルバム。
 そのレコードを買ったのは、シングル曲の「スレイヴ・トゥ・ラヴ」がオシャレで素敵だったからです。その時点では『アヴァロン』からのヒット曲でしかロキシー・ミュージックを知らず、フェリーのこともダンディなのに変なオジサンだなと認知していた程度。ロキシーがどういう成り立ちのバンドなのかもわかっていませんでした。
 『ボーイズ・アンド・ガールズ』はフェリーのディスコグラフィー上でも特に聴きやすいアルバムです。わかりやすくオシャレで素敵。しかし甘美な毒が仕込まれていて、素敵さに釣られて常用しているうちに体質に異常をきたします。私にもその毒が回りました。ほどなくして、ロキシー・ミュージックがグラム・ロック出身であることを知ります。
 じゃあロキシーのベスト盤を聴いてみよう。とレンタルしたのが、活動時期の前半の曲を集めた『グレイテスト・ヒッツ』。てっきりオシャレで素敵な音が詰まっていると思いこんでいると、A面の頭で出迎えるのがエキセントリックな「ヴァージニア・プレイン」です。フェリーの歌は『ボーイズ・アンド・ガールズ』よりも何倍もグネグネのヘナヘナ。イーノのシンセがピ~パパパ、クキョ~ン。うわあ、なんだこれは!とのけぞり、こんなのブライアン・フェリーじゃない!と一瞬顔をしかめました。
 けれど運命の分かれ道というのはあるもので、フェリーのベンディングしまくる歌を耳で追っているうちに、マネしたくなってきたんです。こりゃ予想以上に変なオジサンだなとも思いましたが、その珍味がクセになりました。慣れると美味しいクサヤの干物。”良くなってくる”というヤツです。
 そんなこんなで、大学受験の秋と冬に私はT・レックスとロキシー・ミュージックを聴き狂っていた次第。

 こうした経緯は当ブログで何度も書いてきて、もはや持ちネタみたいなものです。とにかく、グラム・ロックに傾倒したきっかけはその二つのバンドでした。
 そこにデヴィッド・ボウイがまだ入ってないのは、私の世代に彼は『レッツ・ダンス』の印象が強くて、グラム・ロックというよりはニューロマの師匠的なイメージで見聞きしていたからです。グラム時代のアルバムを追いかけたのは、T・レックスとロキシーの後でした。『レッツ・ダンス』は今でも好きなアルバムで、日頃からニューロマを普通に聴いている若者の感性にフィットしました。でもグラム・ロックをニューロマと同じだと受け止めたら、私はグラム・ロックを偏愛などしなかったでしょう。何かが違っていたんです。
 それは異物感、と言えるのではないでしょうか。全盛期から10年を過ぎてグラム・ロックと出会った私は、その異物感にやられました。グラム・ロックのミュージシャンたちも華麗に着飾って化粧をしていたのだけど、ニューロマと比べると華美さが極端で気持ち悪いんです。目指している方向が端整さの強調ではなく、そこを通り越してグロテスクな域にも達しています。言うなれば、妖艶な自壊。ニューロマのスターたちを美しいと呼ぶなら、グラム・ロックはそう呼べないトゥー・マッチな煌びやかさがある。そういった意味で、ニューロマ期にグラム・ロック的な異物感があったのはボーイ・ジョージでした。

 さらに――というか、ここが重要なのですが――グラム・ロックのシンガーが取った唱法。例外も少なからずあるけど基本的には喉声で、その喉を絞めて出すような苦しさも付きまといます。ボブ・ディランの投げつけ唱法をややソフトに鞣(なめ)したような、言ってみれば邪道な歌い方です。歌の抑揚が奇妙にねじれて引きつった媚態を呈しており、すべからく様子がおかしい。ディランの投げつけはブルースやカントリーのルーツを感じさせますが、グラム・ロック・シンガーのそれはルーツ・ミュージックの根っこをダイレクトには感じさせません。
 その「様子がおかしい」異物感こそが、若い頃の私がロックに夢中になるうえで一番求めていたものでした。ビートルズもまずは中期の三作にハマったのです。
 フェリーもイーノもボウイもボランも、少なくとも雰囲気にインテリジェンスを感じさせるミュージシャンですが、そんな人たちがギラギラのメイクと衣装を身につけて、ねじれていてヘナヘナして引きつった歌を聞かせる。自分は火星から来たロック・スターだと言ったりする。変なヴィブラートの発声で溜息まじりに電報サムや金属導師を讃える。ロリータやゲルニカやニジンスキーみたいにストランドを踊ろう!と誘ったりする。知性のいかがわしい活用形態がそこにあって、最高じゃん!と興奮しました。それは若き日の私には、目をひんむいた強面のアグレッシヴな姿勢よりもワクワクさせる暴発の在り方でした。

 グラム・ロックに夢中になったのは、自分が十代の終盤だったからだとは思いますが、私は小学生の時に横溝正史の小説を読みあさっていたので、耽美的な『蔵の中』や、『真珠郎』『仮面劇場』といったミステリアスな美少年が登場する物語で免疫がついていたとも言えます。淫靡な世界もホームグラウンドでした(なんちゅう小学生や!)。中学生になってヴィスコンティの映画にハマったのも無関係ではないけれど、先に横溝を読んだことが大きいでしょう。そんなデカダン少年の立ち寄る先として、グラム・ロックは王道なのかもしれません。
 しかし、よくよく考えてみると、グラム・ロックの特徴である派手な外見は、1980年代の遅れてきたファンには写真で確認する機会が少なくなっていたのです。ロキシー・ミュージックにしても、数々の雑誌を彩ったグラム時代の写真をちゃんと見れたのは、だいぶ後になってからでした。となると、やはり音楽が、とりわけ様子のおかしいヴォーカルが放つ異物感が、私を夢中にさせたことになります。
 現在よりずっと感受性が豊かだった頃の私は、その異物感の源に、今ある自分のフォルムを妖艶に自壊させて変わろうとする意志を読み取ったような気がします。グラム・ロックのミュージシャンはインテリ系だけではないし、そこまで深く考えていない便乗組にも魅力があるので断言はしません。でも、私がグラム・ロックに著しく惹かれたのは、そういうところでした。そのため、たとえ男がナルシスティックに化粧をしていても、グラム・ロックとは似て非なるものに分けたいミュージシャンもいっぱいいます。べつにそれらがダメだとは思いません。ジュリーにだって、その意図があったでしょう。
 ただ、私はそこで線を引いてしまうのです。あの異物感、あの妖艶な自壊、あのいかがわしいインテリジェンス。そのエッセンスがないと、私のグラム・ロック嗅覚が反応しない。それが反応するのは、化粧で恥の上塗りをしたような、すぐには美しいと呼べない妖艶さと、ヘナヘナとした力無さを引きつらせて押し通す歌。そういうのと巡り合えたら、私はファンになるはずです。当分、世に出て来そうな気配はないですけど。