今回も、『サピエンス全史』の解説です。この本は結構内容が幅広いのと、続編の『ホモ・デウス』やダン・ブラウンの『インフェルノ』や『オリジン』といった作品との関連性もあるので、結構書きたいことは多いです。ただ、なかなかブログ更新する時間が無いのでどこまで書けるか微妙ですが・・・( ̄▽ ̄;)

 

 前回記事(『『サピエンス全史』レビュー①~サピエンスはどうやって生物界の頂点に立ったのか~』)で、それまで生物界の負け組だった人類が、7万年前に起きたとされる認知革命をきっかけに生物界の頂点に立ったということについて解説しました。では、一体、その7万年前に起きたとされる認知革命とはいかなるものなのか?

 

 えー、実はこの辺の回答って結構あいまいだったりするんですね。どうやら、7万年前に人間の脳に何らかの変化が発生し、それをきっかけに現在のホモ・サピエンスが世界各地に進出していき、様々な生物種を絶滅させていったということは研究から明らかになっているのですが、そこで起きた変化がどのようなものであったのかというと諸説ある。

 

 ちなみに、現在の心理学等の研究では、人間に出来ることの相当部分が実は人間以外の動物にも可能であることが証明されていて(ゲームしたり、音声によってコミュニケーション取ったり)、「人間に出来て、人間以外の動物にも出来ることはなんだろうか?」ではなく、逆に「動物に出来なくて人間に出来ることとは何なのだろうか?」ということの方が重要な問題になっています。

 

 私が以前読んだ『ヒトはなぜ神を信じるのか―信仰する本能』という本では、人間にのみ可能な特殊な認識能力として、他人の心を推測するし、他者の視点を認識する能力であるとしています。この認識は、『サピエンス全史』で、認知革命によって起こった変化の一つが他人の噂話をする能力であるという点と関係しています。つまり、人間は他者とコミュニケーションを取って他者の評判を集団内で共有するので、常に「自分は他人からどう思われているか?」「自分の振る舞いは他人にどのような印象を与えるのか?」といった問題を考えなければいけない。

 

 例えば、目の前にお金持ちの人間がいたとして、(仮に犯罪にならないとして)その人からお金を盗んだり、騙し取ったりすると短期的には利益になりますが、「あの人は他人のお金を盗んだり、騙し取ったりする悪い人」という評判がたつことで中長期では不利益を被る確率が高くなります。なので、人間は、金持ちでウスノロな人物を見かけて、「こいつから金を掠め取ってやりたい」という誘惑に一時的にかられたとしても、「でも、コイツから金を掠め取ることで、自分が詐欺師のような人物だという悪票がたつと困る」という中長期的判断によって、詐欺や窃盗を思いとどまるワケです。

 

 かなり身も蓋もない話になりますが、『ヒトはなぜ神を信じるのか―信仰する本能』では、神とはこのような評判システムを抽象化させた概念ということになっています。つまり、常に「あの人からどう思われてるだろうか?」「この人からどう思われるだろうか?」と考えるよりも、他者の視点を抽象化して「神様はどう思うか?」と考えた方が手っ取り早い。つまり、いわゆる「内面化された他者の視点」の抽象化ということです。日本では「世間様」なんて言葉がありますが、日本では世俗化された他者の視点であり、一神教文化圏ではそれがより抽象化された他者の視点(=神の視点)となるワケなんですね。

 

 植民地帝国時代には、欧米は一神教的な神概念を共有しない非欧米権の人々を文明化されていない未開人として見下していたワケですが、科学知識が発達していった現代において先進国で神を信じない無神論者の割合が増加していっている現実は皮肉です。非キリスト教者や非一神教徒が未開人であるとするなら、現代は近代以降先進国で最も未開人の割合が増加し続けている時代ということになります。

 

 もちろん、欧米による植民地帝国支配の時代にキリスト教徒に一定の文化的優位が存在してであろうことは認めますが、まあそれも大して普遍的でもないということですね。今後先進国で無神論者が増加し、途上国でイスラム教等の一神教徒が増加していけば、それまでの認識は一変して、「一神教信仰とは、先進的な文化圏に至るまでの過渡的な虚構の一形態」と見做されるかもしれません(こんなことを書けば、一神教徒の方から怒られそうですが・・・)。

 

 前置きが長くなってしまいましたが、では『サピエンス全史』で解説される、認知革命によって人間にのみ可能になった能力とは何かといえば、それはズバリ神話を語る能力(=虚構を作りだす能力)です。

 

 私たちの言語が持つ真に比類ない特徴は、人間やライオンについての情報を伝達する能力ではない。むしろそれは、まったく存在しないものについての情報を伝達する能力だ。見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在について話す能力があるのは、私たちの知るかぎりではサピエンスだけだ。

 伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。それまでも、「気をつけろ! ライオンだ!」と言える動物や人類種は多くいた。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得した。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。

 

 ただし、先の前置きで解説したように、この虚構を作りだす能力は、進化心理学的には高度なコミュニケーション能力の発達の副産物とも考えられます。また、『サピエンス全史』の著者はこの虚構を作りだす能力がホモ・サピエンスの非常に多くの人々が協力する能力を獲得したと解説していることから、順序としては

 

コミュニケーションの発達⇒神話を語る能力の発達⇒大規模集団で協力する能力の獲得

 

と考えるのが妥当であるように思います。つまり、隣人の気持ちを考える能力から、抽象化された他者(神、虚構)を生み出す能力が発達し、このような抽象概念を想定する能力が、生物学的な協力可能集団数を大幅に増やした(理論上は無限?)、ということでしょう。

 

 また著者は、このような複数人によって共有される虚構を、「集団主観的概念」と呼び、個人的な思い込みである主観や、物理的な現実によって規定される客観といったものと区別し、この集団主観的概念こそが、人間の社会や人間そのものの在り方をダイナミックに変革する原動力であるとし、この集団主観的概念のうち最も普遍性を持った概念として、貨幣、帝国、宗教という3つの普遍的秩序に注目します(現代においては帝国に代わり主権国家がその重要な役割を果たしているように思いますが)。

 

 次回では、このような集団主観的概念というものが実際にどのように個々の人間や社会に影響を与えるのか?という問題について解説したいと思います。

 

 

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