前回記事(『権威主義と愛』)で、エーリッヒ・フロムが権威主義にはサディズムとマゾヒズムを伴うと説明したと書いたのですが、何故かどのようなカタチで権威主義にサディズムとマゾヒズムが関わるのか書くのを忘れていました( ̄▽ ̄;)

 

今回は、前回記事の補足に加えて権威主義と排外主義の関係についても軽く説明したいと思います。

 

あと、一応先に注意しておきたいのが、前回記事や今回の記事で書くことは物事の一側面に過ぎないということです。例えば、前回記事では権威主義と反権力は同じコインの裏表であると書いていますが、あくまである種のメンタリティーとしてそのように同じ穴の狢のような面があるにしても政治的な主張としては全く真逆になります。

 

もちろん、ある種のメンタリティーを含めた認識を共有する者同士であれば、「結局権威主義の安倍政権支持者も反権力の反安倍派も本質は変わらない」といった議論をしても良いかもしれませんが、例えば安倍政権を支持する保守派の集会やら、安倍政治を許さない!!と意気込んで政権打倒を目指す左派の集会などで、「結局、安倍支持者も反安倍の人たちも本質は変わらないよ」などと言えば、ほとんど総スカンを食らうでしょう。

 

結局、あらゆる物事には特定のレイヤー(層)が存在し、ある種のメンタリティーにおけるレイヤーにおいては大した変わりのない二つの集団であっても、支持する政策、政治家、政党といった、より具体性の高いレイヤーにおいては全く相反する真逆の性質を持つというようなことは往々にしてあるものです。

 

世の中には(具体的に誰とは言いませんが)、やたらと物事俯瞰的に捉えて、「アレもコレも、より大きな視点から見れば、その性質に対した違いはない」などと大所高所からコメントしたがる人間がいるものですが、結局、現在の議論がどのレイヤーにおいてなされているのか?という判断を伴わずに、常に最もロングの引きの視点から物事を大雑把に捉えるような議論を行っても、より具体的なレイヤーにおいて議論をしている人間との議論は全くかみ合わずトンチンカンなやり取りになってしまうでしょう。

 

随分前置きが長くなってしまいましたが、要は前回の議論や今回の議論も、何か他の意見を間違ったものとして排斥するような性質の議論というよりは、ある特定のレイヤーにおける一つの視点、あるいは議論であると理解して欲しいと思います。

 

で、まあココからは前回記事の補足になるのですが、権威主義のカタチがサディズムとして現れると排外主義者になり、マゾヒズムとして現れると権威への服従、まあ以前流行った言葉でいうところの「忖度」ですね。ちなみに、海外の各国で「忖度」という言葉をどう翻訳すべきか?と問題になっていたところ、ドイツでは「先回りの服従」と翻訳したとか・・・なんというか、これほど的確に「忖度」の意味を掴めるということは、ドイツはどこか日本人と似たようなメンタリティーを持ってるのかもしれませんね。

 

それから、似たような事柄として、哲学者のサルトルは『ユダヤ人』という本の中で、排外主義者のメンタリティーに関して、排外主義者から排外主義の傾向を取り除けば、そこには資本家に対する嫉妬と恨みしか残らないといったようなことを書いていたとか・・・。

 

なんというか、まあ、権威主義者にしたってやはりおそらく自分よりも上の権威者に服従することは真の意味での満足をもたらしてはいないのでしょう。だからこそ、上から受けた圧力を下に受け流そうとする。その際に格好の的になるのが外国人や、異教徒、日本で言えば在日の朝鮮人、中国人であって、ヨーロッパではユダヤ人だったのでしょう。

 

政治学者の丸山眞男は、日本特有の上官からぶん殴られたストレスを下士官を殴ることで解消するような上から下に抑圧を受け流していくメンタリティーを「抑圧の移譲による精神的均衡の保持」と呼んだワケですが、おそらく同様のメンタリティーは程度の差はあれ、日本以外でも見られるある種の普遍性を持った社会集団における精神の在り方なのかもしれません。

 

『丸山眞男と大東亜戦争 前編~抑圧の移譲による精神的均衡の保持~』

 

では、一体、このような不毛な抑圧の移譲の連鎖といったものは、如何にして克服しうるものなのか?まあ、これがある種の普遍性を持った社会集団の典型的なメンタリティーの在り方であるとするなら、ほとんどこの後に展開する議論は非現実的な机上の空論に過ぎないのかもしれませんが、一応エーリッヒ・フロムの議論を援用するカタチでこの不毛な抑圧の連鎖を如何にして克服し得るのかについて考えてみたいと思います。

 

 

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権威主義と愛

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信州読書会の宮澤さんが、よくエーリッヒ・フロムの『愛するということ』という本の内容について解説しているのですが、この本では愛するために必要な能力と共に、愛する能力がない人間が他人をどのように見るのか?という問題についても書いているそうな・・・。

 

実は、私も過去にエーリッヒ・フロムの本は何冊か読んでいて、確かこの『愛するということ』という本も読んでいたような気がするのですが、全然内容を覚えていなくて、「へー、そんなこと書いてあったっけ?」なんて思いながら宮澤さんの解説を聞いているのですが、こんなことが書いてあるそうな・・・。

 

愛する能力がない人間が他人を見る時の見方は基本的には二つで、「自分より優れた人間に対する嫉妬する」か、「自分より劣った人間を見下すか」しかない、と。

 

コレって聞くと結構ギクッときませんか?それとも僕だけなんですかね?( ̄▽ ̄;)

 

少なくとも、僕は結構これを聞いて「あー、俺ってそんな感じだワ」と思いました。

 

ついでに、先の二つにもう一つパターンを付け加えるなら、自分より優れた人間に対しては、「嫉妬するか」「卑屈になるか」という分類があるように思います。

 

嫉妬するパターンであれば、反権力であり、卑屈になる場合は権威主義になるんですね。

 

もちろん、政治思想的には権威主義と反権力は反対の立場になるのですが、このような分類を行うなら、結局のところ権威主義者も反権力も同じコインの裏表といった印象になります。

 

つまり、エーリッヒ・フロムの論理を用いるならどちらも愛する能力の欠如から発生する姿勢なのですね。また、エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』の中で、権威主義とはサディズムとマゾヒズムを伴うとも述べているそうです(この『自由からの逃走』も昔読んだのですが、内容はさっぱり覚えていません)。

 

つまり、自分より劣った人間を差別し、自分より強い権力には卑屈になる。まあ、現在の自称保守派の連中を見ていれば良く分かりますが、排外主義で同時に政権とアメリカには徹底的に媚びていくわけです。

 

「安倍首相は排外主義者か?」なんて問いがあり、「いや、安倍はアメリカに媚びている!!排外主義者なんかではない!!」なんて言説があるのですが、コレなんかも「排外主義か?グローバリストか?」なんて問いを立てるよりももっと分かりやすいのが単に権威主義で強い国に媚びているだけだと考えると実に分かりやすい。単に弱い国(北朝鮮、中東の国々)には強気に出て、強い国(アメリカ、ロシア)には媚びているというそれだけのことです。

 

まあ、今回ざっと概要だけ述べましたが、以前少し話題になった「忖度」の問題などもこれと直接的に関係する問題であると考えて良いでしょう。いきなり「愛」とか言い出して凄く唐突感があったかもしれませんが、この「権威主義と愛する能力の欠如」という問題は現在の日本の問題を考える上で重要なキーとなる概念であると思うので、今後もこの問題についてアレコレ解説してみたいと思います。

 

 

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YouTubeの月間の再生数が2万再生を超えてました!!

 

先月から、なんとなくノリで作ってみた顔出しモノ申し動画ですが、ニコ生の視聴者数もブログのアクセス数も減少している中で、そこそこ再生再生されていて嬉しいです。今後、動画さらに動画の再生数伸びていくようでしたらYouTubeを情報発信の中心にしていくと思うんで良かったらチャンネル登録とておいてくれるとありがたいです<(_ _)>


channel kattann

https://www.youtube.com/channel/UCmGW7NSbrGco4eV5F6F6PlA

 

ちなみに、最近アップしたのはこんな感じの動画なのですが・・・

 

 

 

自分的には結構面白いと思うのですが、なかなか再生数が伸びてくれないw

 

基本的に、他動画の関連動画から流れてくる視聴者が多いので、Googleさんのアルゴリズムで人気動画に紐付けてくれるかでかなり再生数変わってきちゃうので安定しないですね・・・要は運次第という感じです( ̄▽ ̄;)

 

で、まあココから本題なのですが、現在Twitterの一部界隈では、以前森友学園で籠池氏に独自インタビューを行ったことで注目を集めていたノイホイこと菅野完氏のTwitterアカウントが永久凍結されたことが話題になっています。

 

ノイホイこと菅野完氏、Twitterアカウントが永久凍結される。怒りと嘆きと擁護の反応をまとめてみた。

 

この事件に関しても、左右で綺麗に意見が分かれて、左側は「こんなのオカシイよ」

 

 

状態なのですが・・・一方で右側は「ざまあみろ!!バーカ!!」

 

 

な状態になっています。

 

で、まあ色々と反応を見てみると・・・

 

 

なんで、「凍結されたのか理由を示せ―!!」とか、「透明性をー!!」みたいなことを言っているワケですが、実際のノイホイのツイートも観てみると・・・

うるさい知恵遅れ!!死ね!!

 

そりゃあ、こんなん(凍結)されますやん・・・と。

 

うーん、なんかレイプまがいの事件の裁判で負けて賠償金取られたり、Twitter永久凍結されたりで可哀想ではあるんですが、基本的には全部自業自得なのであんまり同情できないっていう、つか個人的には他人に暴言吐きまくる言論人、知識人のツイ垢は一斉に凍結して欲しいと思ってるくらいなんで・・・。

 

まあ、一応最後に少し、今回の凍結の判断について個人的な意見を書くと、最近のユーチューバーのツイ垢凍結騒動見てれば、ノイホイのツイ垢の凍結は順当過ぎて何の驚きもないかな、と。メンション付けて漢字で「4ね」コメント入れたら、アカウント通報された瞬間に自動で凍結なので他人の暴言を吐きまくってる電脳イキり系アカウントは注意が必要ですね。まあ、まともな人間は他人に「4ね」なんてリプ送らないと思うけど。

 

ノイホイに関しては、一応、言論人かたってるんだし、他人に直接「4ね」はねーワ、せめてもうちょっと婉曲的な表現にしろよ、と。

 

 

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