土曜日は、沖縄県全戦没者慰霊式典に出席した後、直行便で広島に戻り、その足で北広島町大朝地域の岩戸と筏津のほたるまつりを回りました。好天のためか、どちらも例年以上の人出。少ない世帯数で毎年あれだけの規模の行事を開催される地元皆さまに敬意を表します。
さて、「平成11.6.29.豪雨災害」からまもなく19年を迎えます。今年も被災地ではさまざまな行事が営まれました。安佐南区伴東瀬戸内ハイツでは地域住民が建立したお地蔵さんの前で慰霊祭が行われ、安佐北区亀山勝木では住民避難訓練が実施されました。「平成11.6.29.豪雨災害」は「平成26.8.20.豪雨災害」のまさに原点とも言うべき土砂災害です。当時衆議院議員一期だった私は、被災地を数ヶ月間歩き回り、自民党プロジェクト・チームの事務局長として『土砂災害防止法』の構想を作りました。都道府県が土砂災害の危険性がある地区の基礎調査を行い、「特別警戒区域」と「警戒区域」に指定した結果を住民に公表する仕組みなどを盛り込みました。ところが残念なことに、同法で定められた措置を広島県がきちんと履行せず、それが「8.20.豪雨災害」で多大な犠牲を出してしまった原因の一つとなりました。重い教訓を踏まえて、自民党のプロジェクト・チーム座長として、実効性を高める措置を加えた同法の改正を行いました。
また、「6.29.豪雨災害」は国が巨額の予算を執行する「広島県西部山系直轄砂防事業」を始めたきっかけでもありました。
三度(みたび)の豪雨災害がこの地で決して起きないよう、地域の皆さまのご意見をよく聞き、制度・仕組みを絶えず向上させるとともに、必要な予算の確保にこれからも全力で取り組む決意を新たにいたしました。