昨日、「4歳の甥っ子にコーチング」とブログで書きました。
「コーチング」というと、チョッと「ハード」な感じを受けるかもしれませんが、
根本は「本人が考えて、本人がその答え、方法をみつけ、本人がみずから行動する」です。
「じぶんで考える」。
「じぶんが考える」が肝。
例えば反対に、
部下 : あの~、この件よくわかんないんですけど~
上司 : なんだ、これは○○だから、××すればいいんだろ!
部下 : はい、わかりました。そうします。
職場でよくある会話です。
上司は親切心をもって、部下に丁寧にせっしているのですが、
その親切心が、部下の「考える習慣をうばってしまっている」ともとれます。
人間には「じぶんで考えるチカラ」が本質的にそなわっていますが、
「じぶんで考える習慣」は、環境などによってつくりあげられるもの。
つまり、考えることが習慣づいていなければ、
「考えなくなる」のも、ある意味人間の本質といえます。
日本の学校は「答え」や「方法」などをポンポンあたえてしまい、
記憶力=成績、評価という構図になり、
「あたえられたことを覚える」に一生懸命。
生徒がみずから考えた、意見、答え、方法が、
文科省の決めたマニュアルにそってなければ、NGあつかいなんてことも。。。
「じぶんで考えるチカラ」はあるのに、
「じぶんで考える習慣」を、なかなか認めてもらえない環境が現状といえます。
1+1=2 と教えてしまうのか?
1+?=2 と考えさせるのか?
次回へつづく