九月中席後半、浅草演芸ホールの出番が終わりました。
初日で楽日。
この芝居は師匠文治がトリなので、判っていれば空けていたのですが、
運悪く、明日からは休演ということになりました。
先約があったとはいえ、お席亭様や師匠に申し訳が無いです。
ただ先に埋まっていたものも仕方ない訳でありまして。
今日の上方ゲスト枠は桂福丸兄さん。
仲入りの柳家蝠丸師匠と、Wフクマルで撮影。
(この一瞬だけマスクを外して撮影しております)
何故か奥の鯉朝師匠が陰に隠れていらっしゃいます。
今年6月は長蛇の列で諦めた翁蕎麦にて、
2月以来の冷やしたぬき。
これが今年の翁蕎麦納めにならないといいんですが。
食べ終わって、さて帰ろうというタイミングで、福丸兄さんを連れた鯉朝師匠がご来店。
有難く、鯉朝師匠にご馳走になってしまいました。
※入ったお店に後輩がいた場合、先輩がご馳走するしきたりがあります。
鯉朝師匠、昼時を外した変なタイミングに居てすみませんでした。
しかも生意気に玉落とし(※玉子追加)まで、平にご容赦願います。
ご馳走様でした!
衣装は未だ絽。
もう今月一杯は麻の長襦袢に絽ということでいきましょう。
高速で働く前座さんは残像しか映りません(神田莉々子さん)。
現在、楽屋の前座さんは、感染拡大防止対策のため、
お茶汲みはほぼ禁止(飲み物は各自持ち込み)、
師匠方の着物もあまり触らない(自分でできることは自分でスタイル)。
主な業務はお囃子の太鼓と、高座返し、ネタ帳くらいに絞られております。
時代と云えばそれまでですが、
亡くなった笑三師匠から聞いた話によると、
師匠が入門した終戦直後の前座時代は、
当時の師匠連が着物で楽屋入りするので、畳むのはせいぜい羽織だけ、
太鼓を叩くのは別に専門の方がいらしたり、
お茶も頼まれた時に淹れる程度だったそうで、
高座返しも無かったとか。
笑三師匠のお話は、私の記憶違いもあると思いますが、
最近のお茶汲みの、
楽屋入りして1杯、着物に着替えて1杯、高座終わりに1杯の「3杯制度」は、
近年作られた制度だとも聞いているので、
まあ、その時々でふわふわしているものなんでしょう。
むしろ、前座さんが足りず、二ツ目が出番の後に残って太鼓を叩くこともある昨今、
これよりさらに前座さんが減っていっていけば、
それに合った動き方になるのは、当然でもあると思います。
ちなみに、世間一般に合わせて「お茶汲み」と申しておりますが、
私の前座時代は「お茶出し」と呼んでおりました。
理由は謎ですが、「お茶汲み」という落語もあるので、混同を避けるためでしょうか。
単に「お茶を出すから」かもしれません。
閑話休題。
温かいお客様に助けていただいて、無事に高座を勤めまして、
終演後は師匠のレクサスで送っていただいて帰宅。
それからは次の会の案内ハガキの印刷や、事務作業をコツコツと。
明日の会のマクラも考えなきゃいけないんですが、
それは明日に回しましょう。
明日は昼渋谷、間に着物屋さんに寄れたら寄って、夜は神保町です。
台風や雨が心配ですが、なるようにしかなりません。
よろしくお願いします!