「唯識」第1回 「世界はあなたの心が作っている」―唯識とは何か

 

「般若心経」は、

  「是故空中。無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。
    無色声香味触法。無眼界乃至無意識界。」

 として、心を説いています。

 

 人は毎日、次のような「外界の壁」、心を悩みに直面します。

  「あの人が意地悪だ」

  「部下が動かない」

  「市場が厳しい」

  「銀行が冷たい」。

 

 しかし、「仏陀の深層心理学」とも呼ぶべき「唯識(ゆいしき)」は、これらすべてに対して、衝撃的な真実を突きつけます。

  「唯だ、識(こころ)があるのみ。境(外界)は無し」(唯識無境)。

 

 これは「物理的な世界が存在しない」という意味ではありません。

 「あなたが認識している世界は、あなたの心というフィルターが創り出した映像に過ぎない」という意味です。

 

 これを象徴するのが「一水四見(いっすいしけん)」という教えです。

 「同じ一つの水」を見ても、

  人間は「飲み水」と見ます。

  魚は「住処」と見ます。

  餓鬼(亡者)は「燃え盛る炎」と見ます。

  天人は「瑠璃の大地」と見ます。

 

 対象は同じでも、見る側の心の状態によって、出現する現実は天国にも地獄にもなるのです。

 

 『唯識」はインドの哲学者・「世親(ヴァスバンドゥ)」によって西暦400年頃に体系化されました。

 その後、「玄奘三蔵」が17年の歳月をかけてインドから中国へ招来し、日本には奈良時代に伝わりました。

 しかしその核心は、仏陀が説いた「心が世界を作っている」という根本仏教の智慧に他なりません。

 

 ここで西洋哲学との根本的な違いが浮かびます。

 デカルトは「我思う、ゆえに我あり」と言い、思考する「自己(主体)」「外界(客体)」分離しました。

 これが近代西洋哲学の出発点です。

 

 「唯識」はこの分離そのものを問い直します。

 「主体と客体は分離していない。客体と思えるものは、実は識(主体の認識)が生み出したものだ」と。

 

 これは現代の認知科学・神経科学が「人間は外界をそのまま知覚しているのではなく、脳が構築した映像を見ている」という発見に先んじて2500年前に説かれた、驚くべき洞察です。

 

 松村寧雄先生はこの「唯識」の智慧をマンダラ思考第5原則「感謝の心」として現代に翻訳しました。

 

 なぜ「感謝」なのか。

 『感謝」こそが、私たちの心を曇らせる「自我(エゴ)」というフィルターを浄化し、人生と経営という現実世界を好転させる最強のツールだからです。

 

 あなたが今見ている「世界」は、あなたの心が映し出した映像かもしれません。