10月20日、我が永遠の師匠、肝さんが旅立たれた。
肝さんとの出会いは1999年春、声優を志して入学した専門学校。
生徒の誰もがアフレコレッスンを期待するのに、基本を大切にする肝さんの教材は舞台演劇の台本だった。
すでに31歳だった私だが、卒業後の進路として劇団21世紀FOX研修所を勧めていただいた。
オーディションに合格して無事研修所に入所。
応募資格に「26歳ぐらいまで」とあったが、翌年には「26歳まで」に変更されたのは余談。
研修所を卒業し、モブながら本公演デビューとなった『2001-』、そして大役をいただきながら期待を裏切ってしまった『デュナミスボックス』…
『F』のときは、医師役に付けようとしてくれた肝さんの期待に応えられず、その役を逃した。
翌年の『アリス・イン・ワンダーランド』ではアリスの父親役に抜擢。
作品の序盤を勤める重要な役なのに、何度稽古を繰り返してもいっこうに改善されず皆に迷惑を掛け続ける日々。
どうにかこうにか本番に漕ぎ着け、無事千秋楽を迎えたのだが…
大きなミスもなく身内の(あくまでも身内の)評判も良かった私は、調子に乗ってアドリブを入れた。
幸い客席の反応も良く喜んでいたが、演出の肝さんに呼び出され、大目玉を食らった。
やるべきことが出来てないのに余計なことをするな、と。
まったくそのとおりであった。
後になって、実は先輩方から降板させた方がいいとの進言があったが、それを肝さんが退けて最後まで使ってくれたのだと聞かされた。
大きな衝撃だった。
心に深く刻まれる出来事となった。
以後、ときにキャストから漏れることもあるが、それなりにいい役を貰いながら自分なりに頑張っていた。
そんなある日、飛び込んできた報せ…
「肝さんが倒れた」
女優のみ出演の『森の女学院』の稽古期間中で、出番のなかった男優陣も全員が集められた。
先行きへの不安感に押し潰されそうになった。
肝さんのために何もできない己の無力さが歯痒かった。
幸いにも一命を取りとめ、肝さんは復活を遂げる。
男優のみ出演の『紫煙倶楽部』。
舞台上で肝さんと絡んだのは、おそらくこれが初めてだったと思う。
アリス以降もどうにもならない自分を見限り、これが最後のつもりで臨んだ公演だった。
その覚悟が良かったのか、いっぱいいっぱいだったこれまでと違い、演じることの楽しさを感じたのを覚えている。
脚本・演出のEMIさんは、かつて『デュナミスボックス』で期待を裏切った私を、《RELAX》の公演に誘ってくださった。
初の客演となった『ペナルティ・マリア』を皮切りに、《RELAX》には何度も出演させていただくことになる。
ある日、「久保はうちで役につかなくてもEMIの所があるからいいよな」と言われた。
もちろん冗談だったと思う。
私もそう受け止めて「勘弁してくださいよ」と返した。
実は何度か《RELAX》に客演しているうちに、すでにFOXを退団していたOBたちから「FOXやめてこっちに入ったら?」と言われた。
本気とも冗談とも取れる言い方だったが、私にはそんなつもりは毛頭なかった。
肝さんが必要としてくれる限り、肝さんのFOXがある限り、私はFOXの一員だ。
そう心に誓っていた。
そしてまたやって来た劇団存続の危機。
そんな中、肝さんの口から聞いた一言。
詳しくは書かないが、私はもう必要とされていない、そう確信できる言葉だった。
気持ちが切れてしまった。
肝さんに必要とされていないなら、ここに留まれない。
劇団が苦しいときに仲間を見捨てることになるのは忍びないが、決意は固かった。
専門学校、研修所、FOXと14年間お世話になった肝さんに挨拶をして、私は退団した。
当面はフリーの役者としてやっていき、公演を観にいったり、あるいはブログで
FOXを応援し続けるつもりだった。
ある日、後に座員としてお世話になる伊藤健太郎先輩とお酒の席でご一緒する機会があった。
そのとき、いつかK-Showの舞台に立たせてください、とお願いした。
いつか、そのうち、来年あたり、のつもりだった。
まさか、その年のうちに客演という形で『かりんとう2013』に出演し、そのままK-Showの一員になるとは、そのときは思ってもみなかった。
筋を通してFOXを辞めたつもりだった。
しかしこうなって、FOXに残った若者たちから見れば、私は裏切者でしかないだろう。
そしてそれは肝さんも…
盟友かべさんが亡くなり、劇団も事実上解散し、大きな心の支えを失ったであろうことは想像に難くない。
肝さんがまた入院されたと聞いても、裏切者の自分はお見舞いに行けなかった。
そして報せを聞いて…
後悔した。
構わず行けば良かった。
「裏切者の久保が来ましたよ」と言ったら、「よく来たな裏切者」とあの笑顔で笑い飛ばしてくれたんじゃないか。
本当にありがとうございました。
お疲れ様でした。
どうか安らかにお休みください。