浪花のコーチング税理士☆食べ歩き編
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ちょっといい話の回覧板

【自分の敵は、自分自身】

メルマガ「人の心に灯をともす」より

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



《しかし君の出会う最悪の敵は、いつも君自身であるだろう。》(ツァラツゥストラ/ニーチェ)


克己心(こっきしん)という言葉があります。

弱気になっている自分を乗り越えなければいけない、自分自身に克(か)つ。

そんなときに使う言葉です。


みなさんには、「どうせ、そんなことやっても無駄だよ」などと、勝手に思い込んでいることはありませんか?

そんな思い込みにこそ、要注意です。

自身の判断で「これくらいでいいだろう」と考えることは、自分自身を甘やかすことにもなり、せっかく目の前に広がっている未来を、自分自身で消去してしまうことにほかなりません。


首相も務めた高橋是清(これきよ)は『随想録』の中で、“仕事がないのに「この仕事は嫌だ」なんて言っている人がいるが、信じられない”ということを言っています。

つまり、「来た仕事は、とりあえず全部やれ!」ということですね。

たしかに、最初から肝心な仕事ばかり任されるわけがありません。

贅沢を言って逃げたり、言い訳をすることは、自分自身の成長にストップをかけていることと同義なのです。


これこそが、ニーチェが「自分の敵は、自分自身」という所以(ゆえん)です。

甘やかしたり言い訳をしたり…。

まさに敵は自分の中にいた、というわけです。


以前、私は子ども向けに『心をきたえる痛快!言いわけ禁止塾』(PHP研究所)という本を出したことがあります。

「でも、できない」「だって~」などと、「できない理由」を探すのは禁止!

何でも積極的にチャレンジできるような人間になりたいのであれば、「おっと合点承知之助」と言え、といった内容です(笑)。

つまり、自分でストップをかけてしまっていないか、やる前から力を限定していないか、言い訳をしていないかを自身に問いかけ、自らの成長を妨げないようにしてほしいのです。


みなさんも、思わず「これくらいでいいだろう」などと、自分を甘やかしそうになったときは、ニーチェの言葉を思い出して、「自分の敵は、自分自身」と思うようにしてください。

くれぐれも、自分で自分の力に限界をつくらず、言い訳をせず、目の前のことに取り組むようにしましょう。

それこそが、克己心というものです。

『君は君の道をゆけ』ワニブックス
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齋藤孝氏は「安易な道を、選ぶことなかれ」と書いています。


『人というものは、「ラクな道だな」「下り道だから余裕」と思うときこそ転ぶもの。

坂道のスロープを上りながら転ぶ人は、ほとんどいません。

階段も同じで、上るときより下りるときの方が危ない。

要するに、「ラクだなあ」と思ったときこそが危険なのです。

これを人生に置き換えてみますと、ラクな道を歩もうとしているときは油断し、チャレンジする気持ちがなくなり、かえって危ないということになります。

むしろ、多少きつめの道を歩んでいるときに、精神が折れることは少ないのです。

とはいえ、きつすぎる垂直の壁を登ろうとしてはいけません。

登れなくて、最初から心が折れてしまいますから…。』


自分に甘い人は多い。

たとえば、それは「継続」ということでわかる。

自分で、やることを決めておきながら、何か理由をつけて止めてしまう。

あるいは、うまくいかなかったことを人のせいにする。

貯金ができないとか、ダイエットができないというのも自分に甘い証拠。

書けば書くほど、自分の耳に痛い。


「自分の敵は、自分自身」という言葉を心に刻みたい。

 


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【わらしべ長者的キャリア】

メルマガ「人の心に灯をともす」より

伊藤羊一氏の心に響く言葉より…

《いつも目の前の仕事を120%の力でやってきたら、知らないうちにこうなってい
た》

今の私が専門としている仕事は、「当時の職場でやらなければならなかったこと」と
か、「たまたま頼まれて始めたこと」ばかりです。最初から「やりたい!」なんて気
持ちは一切ありませんでした。

自分で「こんなキャリアをつくいっていこう」と思って始めたことではありません。


たとえば、プレゼンテーション。

これは、プラス(文具・オフィス家具製造流通)にいたとき、自社の営業職を相手
に、プレゼンの稽古をする必要があって手がけるようになりました。

といっても、自分も最初からプレゼンが得意だったわけではありません。

なんとか営業マンたちの力を底上げしたい、という義務感から、手持ちの知識や経験
をフル活動して必死にアドバイスしていた、というのが正直なところです。


その後、縁あってKDDI&Laboというスタートアップ支援プログラムに招かれ、スター
トアップの起業家たちにプレゼン指導をする機会がありました。

私は普段通りにプレゼン指導をしたのですが、その稽古を受けた受講生のレベルが急
激に上がって、とても驚かれたのです。

このことをきっかけに、さらに他のプログラムにも呼ばれるようになりました。

ほうぼうで稽古をつけているうちに「本を書いてください」というお話をいただきま
した。

これが2018年に出した『1分で話せ』です。

今ではおかげさまで、35万部のベストセラーとして様々なメディアに取り上げられ、
大変多くの方に読んでいただいています。


ここで私は自慢をしたいわけではありません。

申し上げたいのは、必要にせまられて始めたことを突き詰めて、成果をあげていく
と、思いもよらない方向にことが進んでいく、ということです。

目の前の仕事や経験に対して、全力投球して成果を出す。

それがきっかけとなり、あちこちへと呼ばれる機会が増えていく。

すると、思いもしなかった自分になっている。


いわば、1本のわらしべを交換していき、気がつくとお金持ちになっていた「わらし
べ長者」のような人生です。

これを私は、「わらしべ長者的キャリア」と呼んでいます。


リーダーシップ開発についても、同じことです。

40代になってから学んだグロービス経営大学院で、ご縁をいただき指導を始めたのが
きっかけです。

さらに、私がグロービスで教員をやっていることを知ったヤフー前社長の宮坂学氏に
声をかけられて、Yahoo!アカデミアに呼ばれました。

それまで事業をやっていたのに、教育をやる。

はたから見れば、「大胆なキャリアチェンジだな」と思われたかもしれません。

でも実際のところは、「呼ばれたから引き受けた」「これまで社内の業務としてやっ
たことを広げた」というだけのことです。

すべては急に降って湧いた話ではなく、必ずそれまでに取り組んできた仕事と、つな
がっているのです。


世の中には、はじめからやりたいことがあって、明確な目標や志を掲げてキャリアを
築き上げてきた、という人がいます。

「目標から逆算すると、今これをやるべき」という未来への道筋がはっきりと見えて
いて、はじめから信念を持って仕事に取り組んでいる人です。

そういう人はとても素晴らしい。

私は心からリスペクトします。

しかし、私自身はそんな立派なキャリア形成とは無縁でした。

というより、目標に向かっていくキャリアプランは描きたくても描けませんでした。


でも、だからこそ、今やっていることに無我夢中になって取り組むことで、自分の可
能性をグンと広げることができた、とも思っています。

ですから、ひっとしたら、「キャリアプラン」なんて必要ないのかな、と思います。

明確な目標や「心からやりたいこと」だって、最初は必ずしも必要ないのかもしれな
い。


むしろ、目の前の仕事や経験の中にこそ、「将来の武器」が潜んでいると思っていま
す。

そう思うのは、「それでもなんとかなった」という自分の経験があるからです。

『やりたいことなんて、なくていい。』PHP



小林正観さんは、「頼まれごとがある人生」が一番面白いし、それを積み重ねていく
と、自分が考えてもみなかった人生になっていく、という。

人から頼まれたり、やらなければならないことを淡々とやっていくと、それを見てい
る別の人からまた頼まれる、ということが起こる。

そして、次々と「頼まれること」が連鎖してくと、まさに、伊藤羊一氏のいう「わら
しべ長者的キャリア」となる。


また、目の前のことを不平不満や文句をいわず、笑顔で淡々とやっていくことは、伊
藤氏のいう「120%の力でやっていく」という言い方に置き換えられる。

そして同時に、そいう人は「頼まれやすい顔」になっている。

頼まれやすい顔とは、いつもニコニコして、グチや不平不満を言わず、機嫌のよい人
のこと。

反対に、頼みにくい顔は、いつもぶっきら棒で、グチや不平不満が多く、不機嫌な
人。


「やりたいことなんて、なくていい 」

頼まれたことや、やらなくてはならないこと…

目の前のことを、文句をいわず、笑顔で淡々とやっていく人で。


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【一念、道を拓く】

致知出版社「偉人メルマガ」より


その少女の足に
突然の激痛が走ったのは三歳の冬である。
病院での診断は突発性脱疽。
肉が焼け骨が腐る難病で、
切断しないと命が危ないという。
診断通りだった。

それから間もなく、
少女の左手が五本の指をつけたまま、
手首からボロっともげ落ちた。
悲嘆の底で両親は手術を決意する。
少女は両腕を肘の関節から、
両足を膝の関節から切り落とされた。

少女は達磨娘と言われるようになった。

少女七歳の時に父が死亡。
そして九歳になった頃、
それまで少女を舐めるように
可愛がっていた母が一変する。
猛烈な訓練を始めるのだ。

手足のない少女に着物を与え、
「ほどいてみよ」
「鋏の使い方を考えよ」
「針に糸を通してみよ」。

できないとご飯を食べさせてもらえない。
少女は必死だった。
小刀を口にくわえて鉛筆を削る。
口で字を書く。
歯と唇を動かし肘から先がない腕に
挟んだ針に糸を通す。
その糸を舌でクルッと回し玉結びにする。
文字通りの血が滲む努力。
それができるようになったのは
十二歳の終わり頃だった。

ある時、近所の幼友達に人形の着物を縫ってやった。
その着物は唾でベトベトだった。
それでも幼友達は大喜びだったが、
その母親は「汚い」と川に放り捨てた。
それを聞いた少女は、

「いつかは濡れていない着物を縫ってみせる」

と奮い立った。

少女が濡れていない単衣一枚を
仕立て上げたのは、十五歳の時だった。
この一念が、その後の少女の人生を
拓く基になったのである。

その人の名は中村久子。
後年、彼女はこう述べている。

「両手両足を切り落とされたこの体こそが、
人間としてどう生きるかを教えてくれた
最高最大の先生であった」

そしてこう断言する。

「人生に絶望なし。
いかなる人生にも決して絶望はない」

 


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