浪花のコーチング税理士☆食べ歩き編
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ちょっといい話の回覧板

 

【今、一番、耳が痛いことは?】

メルマガ「人の心に灯をともす」より

マツダミヒロ氏の心に響く言葉より…


《あなたにとって、今、耳が痛いことは?》(孔子/思想家)


一般的に、苦くて飲みにくい薬ほど、病気に効くと言われています

忠告も同じで、厳しい言葉をもらうと、傷ついたり反発したりするかもしれませんが、それは思い当たるふしがあるからでしょう。

それを素直に受け止めて行いを改善していけば、必ず自分のためになります。


忠告が苦いのは、自分でもできていないことがわかっているからです。

それを認めたくないという気持ちもあるでしょう。

しかし、それでは成長がありません。


病気もそうですが、そのままにしておくと手遅れになることもあります。

忠告を受けたときがベストタイミングだと思って、改善していきましょう。


●「あなたに忠告してくれる人は誰ですか?」

●「どんな忠告を受けましたか?」

●「それを受けて、どう行動していきたいですか?」

『賢人たちからの運命を変える質問』かんき出版



人は、自分の「痛いところを突かれる」と逆上したり、怒ったりしてしまう。

それは、「本当は自分でもわかっていること」を指摘されるから。

自分でも本当は直したいと思っている部分を、あたかも傷口をえぐるように、グイグイと責められると、人は反射的に逆上する。


怒りは自分を守るための盾(たて)だ。

自分の価値を守ろうとする防衛本能に他ならない。

耳に痛い忠告や指摘は、責められていると感じてしまう。


耳に痛い言葉は、「いよいよ、自分を変えるときがきた」という天からのメッセージ。

一挙に変えるのではなく、小さくわけて、少しずつ行動を変えていく。


痛みを感じる場所は、実は、自分の一番「のびしろ」のあるところ

「今、一番、耳が痛いことは何ですか?」

 


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【挑戦しない奴はつまらん】

メルマガ「人の心に灯をともす」より

木村進氏の心に響く言葉より…


《人にとって最も恐ろしいのは、 惰性で日を送ることである。

向上心があれば、飽きることがない。》 (西堀栄三郎・登山家/第一次南極観測隊
の越冬隊長として活躍)


西堀栄三郎は第一次南極観測隊越冬隊長として有名な探検家であるが、京都大学で学
者として活躍したり、東芝で企業の研究者としての経験もある面白い人だった。

「石橋を叩けば渡れない」という有名な言葉を遺しているが、西堀の下で働く人は皆
伸び伸びと活躍できたという。

昭和の吉田松陰とも言えるような考え方を持っていた。


また、「挑戦しない奴はつまらん」とか「出る杭は打つな」「個性は変えられない
が、変えられるものがある。それは能力だ」との勇気の出る言葉も遺してくれてい
る。

自身、11歳のとき、南極に行ってみたいという夢を抱いたという。

それが実現したのは50歳を過ぎてだが、それまでの人生は向上心を持っていろいろな
ことに挑戦していた。


人生というのはこの向上心があって挑戦していれば楽しい。

失敗したらまた挑戦すればいい。

この西堀流の生き方が、戦後の日本人をどれだけ勇気づけたかわからない。

『日本人なら知っておきたい名言100』総合法令出版




「年とったから遊ばなくなるのではありません。

遊ばなくなるから年をとるのよ」(ヘレン・ヘイズ/女優)


挑戦も同じで、年をとったから挑戦しなくなるのではなく、挑戦しなくなるから年を
とる。

挑戦には失敗がつきものだ。

失敗を恐れる人は挑戦ができない。

惰性で日々を送る人は、挑戦しない。

挑戦しない人は、変化を恐れる。

だから、新しいことをしない。


新しいことに興味を失ったとき、人は老人となる。

だからこそ、大事なのは…

ワクワクする心、ふざけること、いたずら心、遊ぶこと、冒険心、好奇心をいつまで
も忘れないこと。

 


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【 上を向いて歩く】

致知出版社「人間力メルマガ」より


体の自由がだんだんと奪われていく難病・筋ジストロフィーと闘いながら、歌手として多くの人々に生きる勇気を与え続ける小澤綾子さんのメッセージをご紹介します。

───────────────

(小澤)
……堪え続けた違和感の正体がようやく判明したのは、20歳の頃。手すりなしで階段を上れなくなると、私は覚悟を決めて、大学病院に行きたいと両親に伝えました。

再検査で告げられたのは、進行性の難病、「筋ジストロフィー」という病名でした。

一時は自分の違和感が証明されたことにホッとしましたが、「具体的な治療法も薬もありません。筋力はどんどん衰えていき、10年後に車いす、最終的には寝たきりになるでしょう」と告げられると、私の心は凍ったように冷たくなりました。

将来への不安、思い描いていた夢を諦めなければいけない現実に、もはや自分は何のために生きているのか分からなくなってしまったのです。

それから3年間ほどは何も手につかず、ぼーっとした日々を送りました。

転機になったのは、リハビリの先生との出逢いでした。当初は「どうせ病気を治せないのに」などと斜に構えていた私でしたが、病院に行く度に、同じ病を抱えながらも世間で活躍する方の話や、ご自身の体験談を聞かせてくれ、私をなんとか励まそうとしてくださる姿に、少しずつ信頼が芽生えたのです。

とりわけ先生の言葉の中で私の心を大きく変えてくれたのは、次のようなひと言でした。

「そんなに下を向いてばかり、暗く生きていたら、あんたの周りには誰もいなくなってしまうよ。一人寂しく死ぬのかい?」

その言葉にハッとされられた私は、「なんとか先生を見返したい。車いすになる前にやりたいことを全部やってやろう!」と決意。海外旅行を皮切りに、語学留学やダイビングのライセンス取得などやりたいと思っていたことに挑戦し始めました。

・  ・  ・  ・  ・

(小澤)

バンドを組んでいた高校時代を思い出し、再び歌を歌い始めたのも挑戦の一環でした。しかし思ったほどの充実感は得られず、何となく歌っている状況から抜け出すことができません。

ちょうどそんな時でした。同じ病気の人が集うウェブ上のコミュニティサイトで、松尾栄次さんと出逢ったのは。栄次さんは私より病気が進行しており、30年も病院で寝たきりにもかかわらず、「僕には夢がいっぱいあって時間が足りないんだ」といつも明るいメールをくれるのです。

ほどなくして、そんな栄次さんから「僕が作った歌を歌って、同じ病気の人を元気にしてほしい」とメッセージが届きました。

しかしメッセージをもらって2か月後、栄次さんは帰らぬ人となりました。栄次さんが亡くなってしまったことが悲しく、同じ病気の自分もいつかそうなるという恐怖で暗く沈んでいましたが、「いつまでもくよくよしていてどうする。

栄次さんが託してくれた夢を叶えられるのは自分自身だ」と言い聞かせて、自分のことを語りつつ、栄次さんが作曲した『嬉し涙が止まらない』を歌うようになりました。 

不思議なことに、栄次さんの歌を歌うようになってから、私の音楽活動は世間から広く注目を集め始め、昨年は、北は北海道、南は福岡と全国各地から依頼を受け、歌いに行きました。

――いまは生きる目的も夢もあるから、何があっても生きていける。すべての人に感謝して。嬉し涙が止まらない……。

栄次さんの歌で私が大好きな一節です。思い返せば、難病の宣告を受け、下を向いていた私が、いま前向きに、幸せに生きていけるのも、リハビリの先生や栄次さん、闘病を支えてくれる家族との出逢いがあったからに他なりません。

また、筋ジストロフィーは進行性の病気のため、いまできていることも、1年後できるとは限りません。診断されて15年間、この難病と向き合う中で私が一番学んだことは、人生は「いま」しかないということ。

そして、その「いま」をどれだけ本気で生きるかで人の幸せは決まるということです。

 


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